short | ナノ

前を向いて
君たちがいなくなって、少しの日々が過ぎた。
それでも僕らは歩いていかなければならない。歩いて、いく。
まだ、君たちのことを引きずって、寂しくて、悲しくて。泣いてしまいそうになる日もあるけど、
そんな僕らを見守ってくれたら、嬉しい。

萬天中学の屋上。
一年前までは、壬晴と雷鳴と帷先生と、虹一と、忍道部が云々。
小悪魔な壬晴を帷先生が追いかけて、雷鳴と虹一が苦笑して、かくいう僕は気分で壬晴と一緒に逃げたり、
逆に追いかけることもあったっけ。
笑って楽しい、平凡な学校生活を過ごしていた。
そしてやがて、宵風や雪見、雷光・俄雨、風魔小太郎、しじま……色んな人たちに出会った。
激動の日々。
傷ついて傷つけあった。
でもどこかあたたかくて優しい。
そんな青春が、そこにあった。

今も、僕たちは青春という時期の真っ只中にいる。
でも、一年しか経っていない中で少し成長した僕らは、どこか心の中に隙間風のようなものを感じていた。
ほんの少し、大人になって。自立ということを覚えた。
自分が成すべきことは何か。自分が望むことは何か。
それらを素直に考え、周囲のことに以前よりまっすぐ向き合うようになった。
だけど、まだ心の中の欠けたものは補えない。
否、補う必要など、ないのかもしれない。
宵風。虹一。しじま。
――服部さん、風魔小太郎。旭日さん、暁さん。
もうすでに、この世から居なくなっていた人。他者によって死んだ人。
……自ら望んで、消えた人。
悪い人とか、いい人だとか、そんなの関係ない。僕には、関係がなかった。
それぞれの、一人一人の信念があって、貫きたい意思があって。
それは時に、誰かとぶつかる。
みんながみんな、悪い人だったかと訊かれると、僕は果たしてそうだろうかと思う。
結果的には悪役になってしまった服部さんも風魔小太郎も。
本当に、心から悪人だったのだろうか。いや、そんなことはあるはずがない。
だって彼らにも、最初はちゃんとした『信念』があったのだろうから。

時折、
普段のふとした瞬間。

今、ここにいない、消えてしまった人のことを思い出す。

溢れ出るのは零れんばかりの思い出と、感情の波。
もういない。
それを改めて自覚して。
泣かないと決めたはずの涙が、やっぱり寂しいと落ちてくる。
だから、この青い空を見上げて。
精一杯堪える。

確かに、この世界にはいない人がいる。
消える瞬間を、この目で見てしまった人がいる。
だけど彼らは、いつまでも僕らの傍にいる。
完全に消えてしまった、なんてことはない。絶対に。
森羅万象の中。
このそらの中。
僕らが覚えている限り。
彼らはきっと、僕らの中に、生き続ける。
ずっと、この中に居るんだ。

それが嘘じゃないくらいに、胸の中はあたたかくて。
はじめてその手に触れたときの優しさが。
何度もからかいあったその楽しさが。
幾度も笑い合ったその嬉しさが。
一瞬一瞬の――在りし日が、昨日のようなぬくもりで、心を満たす。

すぐ振り向けば、君たちがそこにいるようで。
だけど振り返っても、君たちはいなくて。
僕らは少し、苦笑する。

でも僕らばかりが、こうやって思い出ばかり、後ろばかり見ていると、
きっと君たちは怒るだろう。ううん。絶対に怒る。
いい加減前に進めよ、って。
君の傍からいなくなったわけじゃないだろ、って。
だからそろそろ、僕も。前へ進もうと思う。
壬晴も雷鳴も、少しずつだけど、中学生としての本来の日々に馴染んでいきつつあった。
その日常を、取り戻しつつあった。
帷先生は、たまに、「今の六条も前よりは素直になっていいけど、一年前のほうが可愛かったなあ……、生意気で」と褒め言葉なのかそうじゃないのかよくわからない軽口を言うようになった。

君たちはいつでも、僕らの傍にいる。
だから、前を見ていられる。
この道を、進んでいける。
いつかあの日々が、完全な思い出になったとしても。
僕らは君たちのことを忘れはしない。
ずっと、覚えてる。
君たちがここで、この場所で生きていたということを覚えている。

青い空を見上げた。
かすかに遠くが橙に染まっている。
透き通る、綺麗な空。澄んだ空気。
風に流されてゆっくりと通り過ぎていく、白い雲。
屋上の丁度よい冷たさの床。
滲んだ視界が次第に晴れて、全てがはっきりと見えていった。


「……今日の帰り、雪見さんのとこ寄って帰ろうかな………」


ぽつりと呟いたその声は、冬の風に乗って、どこか遠くへ運ばれていった。


『――初灯、』

『ねえ、初灯』

『僕達も、傍に居るよ。ずっと、傍にいるから』


ふと、そんな声――
振り返ると、佇む三人の姿とその笑顔が、見えた気がした。


目を瞬いて、二度見しても、そこには誰もいない。


――久しぶりに雪見さんのレモネード飲みたい……。
そんなことを思いながら、階下へと向かう屋上の扉を開けた。


( さあ、未来へ )



▼ あとがき  2011/05/28(2012/12/27move)
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