short | ナノ

時計の針がうるさい
これから夏本番を迎えようとしている風が窓から入ってくる。

暑い。熱い。
今でこの熱さなら、八月は一体どうなっているんだろうと私はぼんやりと思う。
教室の自分の席は窓際で。
風は温度は高いがまだ涼しい。それよりなにより耐えられないのが太陽の光だ。
これがだめ。

眩しいグラウンドに目を細める。
どこかのクラスが体育でトラック競技でもやっているのか、何人かがバトンを握って走っていた。
遠くには応援している生徒の姿も見える。

そう。
今は授業中だった。
その上、わたしたちは本来教室移動をしなければならなかった。
休み時間と授業に用いる時以外は教室のクーラーをきるというのが、節電を決め込んだうちの学校のモットー。
なので、暑いということだ。


「ねえ、」

そう言えば。

「おう」

と後ろの席から応えが返ってくる。


そんなことも、もうないのだろう。
彼が消えてしまえば、もうないのだろう。
彼は、千昭は。
全てに気づいた。
真琴がタイムリープをし続けていたことも、それを知っていながらわたしが黙っていたことも。

二人きりの教室は、気味が悪いほどに静かで。
本当、いつもうるさい千昭と一緒だっていうのに。
わたしは少しだけ表情を歪めた。

――あなたにいなくなってほしくなかった。

そう言えば、ねえ。
千昭。
あなたは笑う?

「……あのさ」

終わりが近づく。
千昭は真琴にきくつもりだ。
タイムリープしているんじゃないか、と。
現代にタイムリープ技術はない。
未来から千昭が持ってきた胡桃に似たカプセルを除けば。

しかしそれはもう、真琴が使ってしまった。
使って、しまった。

未来人は、現代人にタイムリープの存在を知られてはならないという。
だから、そう。
きいたあと、真琴は頷く。
そして千昭は自分の正体を明かす。
それで、多分――

消える、つもりだ。

わたしは『例外』だったけれど、真琴はただの人だ。
『私黙ってるよ!』
真琴はきっとこう声を上げるだろう。
でもそれじゃあ駄目なんだ。
どうしても、駄目、なんだよね、千昭。

このままでいたい。
このままでいたいよ。
真琴と、功介と、千昭と、わたしで。
四人で、一緒にいたい。

そんな自分の思いを押し殺す。
我が儘だ。
それはただの、子どものすることだ。
もうわたしたちは違う。
我が儘が許される歳でもないし、我が儘が通用しない物事もあるって知ってる。
だからこそ苦しい。
苦しいから、わたしはわたしを殺す。
これ以上、苦しくならないように。

「……タイムリープしてたときさ、なんで千昭は友梨ちゃんと付き合うなんてことしたの」

責めるような口ぶりになってしまった。
意図したわけではなかった。

「あー……。友梨ちゃんが気の毒、っていうのもあったけど……」

千昭は、それにさして気分を悪くした風でもなく、普段の調子で首の裏を掻く。

「いや、真琴って鈍いだろ? だから、だよ」
気づいてくれると思った。

千昭は最後まるで独り言のように呟いて、自嘲気味にため息をついた。

「好きって言えばいいじゃん」

椅子に横向きに腰をかけたわたしは、ここでようやく、千昭の顔を見ることができた。

――髪は赤色、なのだろう。
赤なのかオレンジなのかピンクなのか、よくわからない色をしたその髪は、とても柔らかな色をしていた。
制服も、真面目に着ていない。
ボタン二つも外してるし。チャラい。
……なのに、ピアスとかはしていない。
基本粗雑で横暴なのに、優しいところもあって。
妙なところでわかんない。

……わかるわけないか。
千昭のことなんか、わかるわけないよ。


「……好き、か」


ぽつりと漏らして、口を噤む。
眉を少し寄せても、その端整な顔では様になっていてむかつく。

千昭は真琴のことが好きだ。
真琴は、千昭のことが好きだ。
二人はそれに気づいているんだろうか。
……いや、真琴は千昭の思いはもちろん、自分の思いにも気づいているんだろう。
このまま、永遠にこのまま、四人で過ごす日々が続いていくと信じて。
疑うことなど最初からしていないのだろう。
真琴のおめでたな頭が、純粋に羨ましくなった。
止まった時間(とき)など、変わらないものなど、どこにもない。
世界中にも、ましてや宇宙にも、ない。


Time waits for no one.


理科室で。
(゜Д゜)ハァ?
と顔文字つきでリアクションしてくれた千昭には大いに笑った。
あの日も、もう遠い昔のことのように思えた。

時間は、戻らない。
決して待ってくれやしない。

だから大切で。
人は一秒でも惜しんで、今を噛み締めるのだ。
懸命に生きようとするのだ。

どれだけ怠惰に過ごしても、
どれだけ全力で過ごしても。みな同じ。
同じ時間だ。


「――なあ、杏樹」


千昭が、まっすぐにわたしを見た。
らしくないその真面目な瞳に、普段なら不似合いだと笑っていただろう。
でも、今笑うことは、わたしたちを待つ未来が許さない。
許すわけがない。

千昭はこの世界で時を知った。
時を知って、その大切さを知って。
わたしたちを知って。
失いたくない日々に出会った。
そういうものがあるのだと知った。
――そうしてやがて、恋という、とても愛おしい感情を知った。







「俺が、お前のこと好きっていったら、どうする」








え、




と、頭ががつん、と殴られた気がした。
頭が真っ白になった。

なんで、どうして、

意味がわからない。

真琴は気づいてないけど千昭のことが好きで、
千昭も、真琴のことが好きなんでしょう?

そう、でしょう?


だってあなたは、以前そう言ったじゃない。
真琴のことが好きだと。

そう、言った。




あなたがわからない。
わからないよ、千昭。


わたしは、出逢ったころから、
出逢ったころから、あなたのことが好きだったのに。
好きだったのに。

あなたが選んだのは、真琴でしょう?
わたしじゃなくて、真琴。

悔しくて、悲しくて、切なくて、苦しかった。
それでもわたしが笑っていられたのは、あなたの幸せを願っていたからだよ?

それなのに、あなたはどうしてそんなことをいうの、
どうしてわたしをそうやって何度も殺すの、


「そんなこと、ッ……冗談でも言わないで!!」


思わず、叫んでいた。

わたしはもう、いやだ。

我慢できない。
感情が溢れてしまう。
堰が、切れる。


わたしはあなたにここにいてほしい。
この世界にいてほしい。
わたしたちのそばにいてほしい。
消えてほしくない。
またみんなで野球やろうよ。
馬鹿みたいに笑おうよ。
テストの点数とか、しょうもないことで競い合いしてさ、
グラウンド集合で一番遅かった奴ジュースおごりだとか、
そんで適当に買ってきたジュースの取り合いとか。
なんでもないようなことをしよう。
ねえ、規則(ルール)なんて破ればいいよ。
ずっと、ここにいて。
ずっとわたしたちの傍に。
わたしの、隣にいてください。
お願い、お願いだから。
好きなの。
好きで好きで仕方がないの。
大好き、大好きだよ。
愛してる。
愛してる。
愛してる、千昭。



苦しい。苦しい。

思いを殺すのって、本当につらいね。



ガタンと勢いよく椅子から立ち上がって、机の脇にかけていた鞄を引っつかんで。



「おい、杏樹ッ!」



千昭が何か言ったけど、わたしはそのまま教室を飛び出す。

何も聞こえない。
何も聞きたくない。
さよならなんてしたくない。
いやだ。
いやだ嫌だ嫌だ、いやだよ、千昭、嫌だよ、


いつの間に、涙腺が弱くなってたんだろう。
ぼろぼろと涙が毀れてとまらない。

目指す場所なんかなかった。
なのに廊下を走り抜けて、早退するつもりだった足は、屋上まで辿り着いていた。

重い重い、わたしの心のような扉を開ける。
清清しい青い空が視界いっぱいに広がる。

――ああ、一つだけあった。
昔から変わらず、そこにあるもの。
空だけは、何も変わらない。
空だけ。
空だけは。

膝から力が抜けた。

羨ましい。
どうして空は、何も変わらないの。
変わって、代わってよ、
どうして千昭は、空じゃないの。
どうして消えてしまうの。
どうして消えなくちゃいけないの。


涙は次から次へと込み上げる。
しゃくりを上げて泣くわたしは、さぞかし不細工だっただろう。


来ないで。
来たら多分、わたしは今度こそ自分を抑えられない。


そんな願いが叶ったのかもしれない。

涙が落ち着いて、それから教室にも戻らず帰路につくまで。
結局最後まで千昭は、来なかった。



( 時なんて止まってしまえばいいのに )



▼ 千昭は実は女主のことが好きでしたが、彼女自信が真琴に気を遣い恋愛感情を隠していたので、『女主は自分のことを恋愛感情で好きではないのだ』と千昭は思っていました。そんな状況で、千昭は徐々に真琴に惹かれていったということです。気力があれば()中編書きたいなあ……  2012/08/20(2012/08/30up,2012/12/27move)
title:食べすぎた

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