世界の夜を頂きに参上
カノは時折、夜に外出することがある、らしい。





というのも、マリー提案のお泊まり会が開催され、メカクシ団本部に一泊することになった日。

マリーの部屋にキドと布団を並べ、三人一緒に床についたころだった。
浅い眠りに沈んでいた杏樹は、玄関の扉が開く音で意識を浮上させた。
ゆっくりと目を開く。ぼんやりと天井を眺めていて、やがてはっとして起き上った。

内側から誰から出たならともかく、外から誰かが侵入してきたなら危険だ。
ぐっすり眠っているキドやマリーを起こさないように、しかし部屋着のまま急いで部屋を出る。
玄関へ向かったが、驚いたことに鍵が閉まっていた。
と、いうことは、誰か――カノかセト、もしくはユズが外に出たということになる。

薄暗い中時計を確認してみると、長い針が夜中の12時を指していた。
こんな夜に、一体何の用があるのだろう。

すっかり目が覚めてしまった杏樹は、これから二度寝する気も起きず、私服へ着替えて外へ出て行った『誰か』を探すことにした。純粋な好奇心であった。


そっと扉を開き、メカクシ団本部を出た。
合鍵でゆっくり音を立てないように、鍵をかける。
まるで何かから隠れるように忍ぶのは、どこかに潜入捜査する感覚に似ていて、わくわくする心の内に思わず笑みを漏らした。


外灯の消えた門を過ぎてアスファルトに出た。
こんな時間に未成年が外出してるだなんて、見つかったら補導モノだなあなんて暢気に思う。

道の脇にぽつりぽつりと浮かびあがるように瞬く街灯でさえ、見知らぬダンジョンの道しるべのように感じた。
白い光を見つめるのが眩しくて、真っ暗な夜空へ視線を上げる。
明るい星は見えたけれど、暗い星たちは街と満月の灯りに隠されて見えなかった。少し残念に眉を下げる。

気を取り直して、さあ左右どちらへ向かおうかと首を傾げる。
夜の世界へ飛び出したのはいいものの、誰が、どこへ行ったのか見当付かずもいいところだった。
公園もあるし右の道かなと、直感で決める。
この際別にメカクシ団を出た『誰か』を見つけられなくてもいいかと思うようになっていた。


道路の端を一人歩く少女の姿は、暗い世界でアンバランスだった。
しかし杏樹の足取りはそれさえも楽しむように軽かった。

公園に差しかかり、なんとなくちらりと見やる。

そこで杏樹の青い瞳は大きく見開かれた。

背の高いジャングルジムの頂上にこちらに背を向けて腰を下ろしている見知った姿を見つけたからだった。
またそれは、杏樹が今まさに探していた人物であるかもしれないからだった。

黒いフード。

カノに間違いない。

その視線の先には大きな月があって、まるで縫いつけられたように微動だにしない。
僅かに見える横顔さえも、無に近い見たことのないような色をしていて。
親しい仲であるはずなのに、話しかけるのが憚られた。
一度開きかけた口は、音にすべき言葉を失くす。

唇を結んだ瞬間に、杏樹の気配に気づいたらしいカノがゆっくりと振り返る。
その顔には、元通り笑みが貼り付けられていた。
安心すると同時に、本心を見せてくれないことに空しくなる。
それでも杏樹は何でもない風体を装う。

「玄関から出て行ったの、カノだったんだね」

杏樹の言葉に、カノはにこりと笑った。

「まあね。夜の世界に出てみたくなって」
そういうときってあるでしょ?

その繕った綺麗な笑顔が妙に別の誰かと重なって、杏樹の表情が無意識に翳る。
カノは不思議そうに頭を傾けた。
けれどその直後、こちらが白く丸い月の光で、はっきり見えないのをいいことに、カノが刹那だけ、まるで何かに納得したかのようにいっそう笑みを深くした気がした。

「僕はたまにあるけど」

言って、ジャングルジムから飛び降りる。結構な高さであったため、杏樹はぎょっとしたが、慣れているらしく危なげなく着地したのでほっと胸を撫で下ろした。
そんな杏樹を見て、カノは「そんなに心配しなくても」と笑う。

笑みを向けられることは嬉しかったけれど、そのどれもが普段以上に作ったような笑みで、心の中に蓄積されてきた杏樹の不満が大きく膨らむ。

「すぐそことはいえ、女の子を一人で帰らせるわけにもいかないし、一緒に帰ろうか、杏樹」

こちらへやってくるカノの顔の上に張り付いた、仮面を剥いでやりたいという衝動が無性に湧き上がって。杏樹は無遠慮にも自分からカノとの距離を詰めて、その両頬を掴んでぐいッと上に引き上げた。

「ちょっ、いひゃいいひゃい! へかなんれ杏樹ちゃんほんはに怒っへふの?! 調子に乗っへ呼び捨てにひはのは気に障ったの?!」

当たり前だがカノは変顔をしたまま痛がり悲鳴を上げた。
尤も、杏樹自身カノの『本当の姿』を知らないので、偉そうなことは言えないが、どの表情が本心に近いかは判断できた。

今の調子は、確かに装ってはいるけれど、今日のこの夜のどれよりも、本当の彼らしい気がして、杏樹は妙な達成感に満たされる。
にこにこと笑む杏樹に、今度こそ本当に不思議そうな顔をして、「ほんはのこっへほくははんはいはあ(女の子ってよくわかんないなあ)」と変顔のままぼやいた。

しかし嬉しさでほくほくした表情の杏樹を見ていると、そんなこともどうでもよくなる。
カノはようやく頬から両手を離した杏樹と並んで帰途につき、くすりと笑みを零した。

――それは、一つも嘘のない、ありのままの笑みであった。


▼ 自分で言うのもなんですが、このお話は珍しく気に入っています
  2013/06/19(2013/11/02up)
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