プリズムは瞳の中
波崎 杏樹。

俺の友人の名前だ。
中学二年のころに同じクラス、隣の席になってから何かと縁があい、それからずるずると腐れ縁が続いている。

勘違いを防ぐために断わっておくが、このような険のある説明はしたものの、別に杏樹が嫌いというわけではない。ただ俺が皮肉屋なだけだ。

急激に仲がよくなったのはいつごろだったか。ああ、確かあれは俺が自宅警備員の職についてから一年が経ったころだった。滅多に俺の部屋に来ない我が妹モモが、「おにーちゃーん!」という声とともに扉をノックしたのが始まりだった。以前よりしばしば俺に会いに来ていた杏樹ではあったが、日に日にコミュ障を重症化させていく俺を見兼ねたのだろう。モモが二日に一回如月家に来てほしいと杏樹に頼んだそうだった。そうだった、というのも、ノックをして俺の返事も待たずに「お兄ちゃん! 杏樹さん呼んできたから!」とだけ叫んでバイトに高速で出かけていったので、現状把握をしきれていない俺に説明をしてくれた杏樹本人から聞いたのである。「いい妹さんだねえ」とにこにこ笑う杏樹に対し、俺は半目でこう返したのを覚えている。
「あの炭酸しるこ女がか……」





ともあれ時は過ぎあれからさらに一年が過ぎた。
メカクシ団というなんとも珍妙な団体の団員になってしまい、不本意な気持ちはあるものの、最近はまあ悪くはないかなと思うようになってきた。
今日も、例のごとくヒキニートな俺を「どうせ暇でしょ?」という言葉と同時に自宅から引きずり出し、メカクシ団本部へと連れてきた杏樹が淹れた紅茶を飲む。うまい。
昨日は夜遅くまで作曲をしていたせいもあって、あたたかいものを飲んでいるとだんだんと眠気が襲ってくる。ソファに預けた体は、そのままずぶりずぶりと沈んでいきそうだった。
そんな俺の思考を読んだかのように「そのまま寝ないでよねー」と背後の簡易キッチンで自分の分の紅茶を淹れているらしい杏樹が笑いながら言う。
……おっと。……いけないところだった。
確かにこのまま寝てしまえば、左手にもったカップから紅茶が零れるかカップ自体が壊れる危険性がある。





「隣、失礼するよー」

あたたかい紅茶を一口飲んだあと、またうつらうつらし始めていた俺は杏樹の声でハッと瞳を開けた。右隣が少しだけ沈んだ。人のあたたかさがじわりと俺の身体を侵食していく。だれかの体温を近くに感じると安心してしまう。それは他人と接触する機会がほとんどないニジオタコミュショーヒキニートだからか、それとも隣にいるのが杏樹だからなのかはわからない。

――ただ今、無性に触れたい、と思った。

「う、わっ、シンタロー……どうかした?」

空いている杏樹の左手を俺の右手で強く握ると、その肩が大きく跳ねた。
じっと杏樹を見つめると、心底心配そうな瞳を向けられた。

青い色をした瞳は、まるでプリズムのようにきらきらと輝いていた。
彼女の瞳の中では、光は反射し、屈折し、分散をしてみせるのだろうか。
妙に気になって、吸い寄せられるように杏樹に顔を寄せる。
今まで気遣わしげだった彼女の表情は、急に焦ったようなそれに変わったような気がしたが、俺の視界にはその瞳しか入っていなかった。

思わず固く閉じられた瞳に無意識に口付けを落としたあと、杏樹のアッパーが俺の鳩尾に炸裂するのは一瞬のことであった。


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  2012/12/24(2012/12/25up)
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