双子のピアス
杏樹とおれがそれぞれ片耳につけているピアスが同じであることを不思議そうに問うたのは、確かセトだったように思う。そこではじめて、おれと彼女のピアスが同じ色で同じデザインをしていたことに気づいた。杏樹がメカクシ団本部へ来るようになって、数か月が経ったころだった。

この頃は、特に気に留めることもなく、『ああそうなんだな』という程度の認識でいた。
しかし最近特に思うことがあるのだ。いや、過る、と言った方が正しいか。

脳裏を、見たことも聞いたこともない誰かの記憶が過るのだ。音声はない、ただの記憶だ。
最初は、気のせいだろうと無視していたけれど、徐々にそれは鮮明に見えてきて。
おれが経験したこともない映像が、おれを視点にして繰り広げられる。
気持ち悪いことこの上なかった。でも他人に相談することなど、できなかった。
メカクシ団のメンバーは、確かに快くこの現象について話を聞いてくれるかもしれない。だけどそれでどうなるんだ? おれ以外の誰かが体験した記憶が、おれの脳内にはっきりとあるんだ。そう言ったところで、メカクシ団は解決してくれるのだろうか。目にまつわる出来事でもないのに。彼らを信用していないわけじゃなかった。ただ、これは彼らの管轄外だと思っただけで。

そこで、本題。
なぜピアスの話からこの話になったか。

それは、あるとき、ある国で、『おれ』がサファイアブルーのピアスを受け取るシーンがあったからだった。あと、ピアスをつけるシーンも。誰かから買ったのが、贈られたのかは忘れてしまった。けれど、見紛うことなく、そのピアスは杏樹がつけているものと同じピアスだった。

ただの偶然。と、そう言いきってしまえば容易いことだ。
事実、そう言いきることもできた。それでもおれの頭は拒絶した。これには必ず意味があると、強く訴えていた。
杏樹は何かを知っている。必ず。そうシグナルを発した。





ある日決意をしてそのことを杏樹に問おうとした。

杏樹、と口を開いて。しかしその瞬間に激しい違和感に襲われた。
おれは彼女のことを『杏樹』と呼ぶべきではない。もっと、違う呼び方があったはずだ、という感覚に襲われた。
軽く頭を振って、それをやりきる。杏樹は「顔色悪いけど大丈夫?」とおれの顔を覗き込んでいた。その長い金髪がさらりと揺れる。とても、美しい。おれは、その髪を知っていた。その絹のような煌めきのある黄昏色を、知っている。
口から、言葉が紡げなくなった。

――おれではない他のだれかが、おれになろうとしている。

否、今思えばそれはおれがただ、幾億もの記憶たちに呑み込まれようとしているところだったのだろう。しかし冷静な判断を失っていたおれには、おれを乗っ取ろうとしている何者かがいるとしか思えなかった。

「少し、横になる?」

尋ねる彼女に、おれは黙って頷いた。声も出せずに頷いていた。





この日も横になっていた同じソファに、今度は腰を下ろして思うことは。
おれはたぶんもう彼女に同じ問いをすることはないということだ。

――正直、怖い。

問いかけただけであの有様。体たらくだ。
実際に問うたときには、きっとおれはおれでなくなってしまう。
乗っ取られることはない。しかしおれは記憶の奔流に呑まれて、二度と戻って来られないだろう。
あとは……そう、おれと彼女の関係は、確実に変わる。
おれのピアスが彼女のものと同じで、それが『おれ』の記憶に関係しているのだから、彼女は『おれ』と関わりがあったと考えておかしくない。それも、並々ではない関わりが。

だが最近は、どうやっても双子のピアスの理由がわからないのなら、それでいいんじゃないかとすら思うようになってきた。いまだにおれではない誰かの記憶は頭の中を流れているが、それを我慢しさえすれば問題はないはずだ。

「つーか、面倒くせえ……」

これ以上、誰のものかわからない記憶に右往左往するのも馬鹿らしくなってきたというのもある。
ぼふりと、微妙な固さのソファに横向きに倒れ込んだ。目線の延長線上にある窓の外をぼんやりと眺めた。青い。彼女の瞳と同じ澄んだ青だった。おれではとうてい敵わない、穢れのない色だった。


▼ ユズの頭の中に流れる記憶については、11/11企画を読まれた方の中で気づかれた方がいるかもしれませんね
  2012/12/24(2012/12/25up)
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