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やわい防護服
『――バスケットの日本代表選手にならないですか』


やわい防護服


とある日の昼下がり。ピーンポーンというお馴染みの音が鳴る。開錠してドアを開ける。そこにいたのは、お馴染み黄瀬涼太だった。

シャララッ☆
と今にもきこえてきそうな眩しいスマイルのモデルを前に、思わずドアを勢いよく閉めてしまった。それはもうバタン!と。

ピーンポーン
再びインターホンが鳴る。開ける。モデル。うん。

「ついうっかり」

「冗談キツイっスよゆずさん!!」

これが一応通常運転である。





とりあえず部屋に黄瀬を通す。
お邪魔しますっスと言いつつも遠慮ない足取りで上がる黄瀬に慣れた俺は、それを無言で流して「適当に座ってろ」と一言。
中学、高校、大学と進学をしても交流が絶つことはない俺と黄瀬だが、その扱いはずいぶんぞんざいになった。俺が面倒くさくなったとも言う。まともに黄瀬の相手をしていると、精神的にも肉体的にも疲れる。

「コーヒーと紅茶と……あとコーラ、どれがいい?」

キッチンに立って問うと、リビングのソファに腰を下ろした黄瀬は振り返って、あろうことか、

「じゃあゆずさんで」

とそれはもう悩殺スマイルで言い放った。さすがモデルだった。
一瞬まじで心臓止まった。一瞬。一瞬だけど。
黄瀬なんかに一喜一憂するのは癪にさわる。

「……コーヒーのブラック淹れてやる……」

どす黒いオーラを放出しながら唸るように言うと、「ちょっ、それはさすがに勘弁っス!」
慌てて待ったをかけられた。





結局黄瀬には無難にコーラを入れた。
The・tekitouである。コーヒー紅茶コーラの三択のうち、黄瀬にはどの飲み物が似合うかと考えたときにどれも微妙だったからもう王道でいいやと判断した結果だ。ちなみに俺は紅茶。

洋菓子と一緒にトレーの上へ乗せ、ソファの前の背の低いテーブルに置く。
俺が隣に座ったあと、「じゃ、さっそくいただきます!」と黄瀬は浮き足立った様子で水滴のついたガラスコップに手を伸ばした。


「……で? 今日は何の用?」

紅茶をちびちび飲みながら黄瀬に問う。
「猫舌なのに紅茶が好きなゆずさんって可愛いっスよね」なんて寝言を吐いたので頭を叩く。悪かったな猫舌で。黄瀬は、その衝撃で飲んでいたコーラを思わず吹きそうになり、手で口元を覆って留まる。

「危なかったっス……」

今にもあられのないモデルの素顔(笑)が目撃できるところだったのに、と俺は舌打ちした。

「今日はあれっス、日本代表のことで来たっス」

薄々気づいてはいたけど、やっぱりそうだったかとほんの少しだけ顔を顰める。
そんな俺に気づいていたのか否か、黄瀬は眉をへの字にして苦く笑った。

「――俺にも、その話は来たよ」

赤司に『バスケットの日本代表選手にならないですか』と誘われたときは正直、驚き半分納得半分だった。俺の表情を見て、『嫌なら無理強いはしません』と応えた赤司には、多分俺の気持ちなんて筒抜けだったのだろう。悔しい。俺のほうが年上なのに。

今の日本のバスケ界は、確かに以前と比較すると緑間や高尾がいる分、レベルは上がった。
火神はどうなのかわからないが、青峰は向こう(アメリカ)のチームで代表入りするらしい。
だから確実に、この二人だけでは世界には通用しないのだろう。
キセキの世代が存在したこのご時勢。メンバーが集えば、世界と戦うことも容易だ。
それを知る者が多いから『こういう』話が出たのだろう。
世界に通用する実力者がいるにも関わらず、彼らを試合に出すことなく終わらせるのはもったいない、と。
世界一を夢見た。
今ではバスケから離れている者もいる中で、彼らの思いは横へやって。
それに憤りはない。あたりまえのことだ。勝てるなら、勝てる面子がいるのなら、そりゃあ誰だって勝ちたい。

黒子は、紫原は、何と答えたのだろうか。

「でも、まだ――」

わからない。

煮え切らない答えで返す。黄瀬は「……そっスか」とまるで最初から俺がどんな返答をしてくるのか予想していたような面持ちで頷いた。

「実は俺もまだ決めてないんスよ」

赤司っちは、『強要はしたくない』って言ってたんスけど。

赤司はどうやら、現在バスケから離れているキセキの世代のメンバーに代表入りをさせることは気乗りしていないようだった。
中学、高校を卒業してまで、バスケから離れてまで『キセキの世代』の名前に縛られてほしくないそうだ。それぞれにそれぞれの、目指す道を歩いてほしい。そこにバスケがなくても、彼ら自身の道だからいいのだと。だけど逆に、自分のせいでその道に横槍を入れたくないのだと。

「……赤司も随分丸くなったもんだな」

俺は感慨を込めた口調で漏らした。
中学、高校と『勝つこと=息をすること』で勝利には貪欲だった赤司がここまで変わるものなのか。

「そうっスねえ」

黄瀬もしみじみと相槌を打った。
俺は紅茶を一口嚥下する。

怖いんだよ。
とは言えなかった。
赤司のことではない。いや、丸くなったことによりさらに視野が広くなった赤司に、全て何もかも見透かされそうで冷や冷やしているが、しかし、そのことじゃあない。
赤司に答えを出すまでにもらった猶予は一週間で。日本代表なんだから、生半可な覚悟じゃだめだ。高校のときみたいに、基本サポート側に回って、いざってときには試合に出られるようにする、なんていうのは駄目なんだ。あれは、誠凛の皆が優しかっただけで。本当はバスケがしたかった俺の気持ちを汲んでくれていただけで。(――でも結局は、試合に出ることはなかったけれど。)
自分では克服したつもりではいた。
だけどこうして、改めて日本代表にならないかと誘われると、迷う。
どこか、バスケをすることに躊躇いがあって。
日本代表は、中学バスケとは違うから、体調のみならず選手の管理のレベルも上だろう。試合中に負傷するということは稀だ。わかっている。わかってはいる。
何も怖がることも、躊躇うことも、迷うこともないじゃないか。
でも。でも、もし――
また、俺の判断力がないせいで、仲間が傷ついたら……?
そのとき俺は、正気でいられるだろうか。

逃げているだけなのかもしれなかった。

それを理解していても、俺はそれをやめる術を知らなかった。

いつの間にか黄瀬との話題は世間話へと移る。
俺は、適当に言葉を返しながら、誰へともなく乞う。
今はもう、考えたくないから。だから、どうか、許してくれ。


▼ ゆずが纏っているのは、頑なで脆い鎧という話。
  2012/07/29(2012/07/30up)
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