黒バス→a university | ナノ
たまらなくひとりがみじめになったような気がした
「……ん、」

クーラー28度の蒸し暑さに唸りながら隣をまさぐる。
その手はシーツをくしゃぐしゃに掻き回しただけで終わった。

――ああ、いない、

俺はその感触に声を漏らす。
枕に顔を思い切り押し付けた。

「ばかやろ」

それは一体、誰に向けて言った言葉だったのか。





あれから重い体を起こした俺は、ラフな私服に着替えて汗のかいたTシャツとスウェットパンツを洗濯籠に放り込む。
口を軽くすすぎ、顔を洗ってさっぱりしたあとはキッチンへ足を運ぶ。
食パンにチーズをまぶしてトースターで焼く。焼けるまでの時間ヨーグルトを適量底の深い皿に盛り付け、適当に果物も切って乗せる。
多少少ないかもしれないが、まあ腹が減ったらなんか食べるだろとアバウトすぎる見当をつけて。
そうこうしているうちに、チーンという小気味いい音。食パンwithチーズはこんがり焼けておいしそうだった。

二人がけのテーブルに、一人で腰を下ろす。
こんなことももう慣れた。そもそもこの一人暮らしは二年目に突入したのだ。慣れないほうがおかしい。でも、時折、なんだか空しくなる時がある。
向かい側に座るはずの恋人は、太平洋の先遥か彼方のアメリカだ。
飛行機で飛んでも何時間もかかる距離。近くはない。十分遠い。

「……はあ」

ため息をついても、どうにかなるものではないけど。
気づくとすでについてしまっている。

最近、恋人の――火神の夢を見ることが多くなった。

そういうとき、決まって姿を探してしまう。
隣に、いるんじゃないかと。
隣に、いないんじゃないかと。
期待しても、不安に駆られても。結局答えは決まっていた。

会いたい、んだろうなあ。
口に出せば余計強く思ってしまうから、出すことはない。
しかしそれは日に日に大きくなって、胸をいっぱいにさせる。
苦しい。会いたくて、愛たくて、苦しい。

携帯電話という便利な機器もある。
声だけなら、いつでも、いつでもきける。
だけど俺は、声がききたいわけじゃない。
顔が見たい。
触れたい。
抱きしめたい。

いっそ、アメリカまで本当に飛んでしまおうか。
どれだけ早くても9時間はかかるフライトのせいで、身体のだるさや時差ボケもあるだろうけど、そんなことも省みず。火神のためなら俺は何でもやれるし、どこへでも行ける自信がある。

ガリ、と食パンの端をかじる。
がさがさぱらぱらした触感がした。

「……、」

しいんとした部屋が嫌に耳につくことに気がついた。
何も音がないことが嫌で、リモコンでテレビを点けた。
今日の天気予報は曇りのち雨とかなんとか。やれどの派閥が離党したとか、やれあの法案が通ったとか。どこそこで交通事故があったとか。
そんなニュースをぼんやり眺める。全部右から左へ通り抜けてしまって、ほとんど頭に残らなかった。

「そうだ、黄瀬に電話しよう」

ジーンズのポケットに突っ込んであった携帯を取り出して、画面をワンプッシュで開く。
どうせあいつなら暇だし家近いし、と付け足した。
黄瀬なら、こんな状態の俺を邪険にしない。それはほかのメンバーに限ってもそうだが、なにより黄瀬はうるさい。うるさいのが傍にいた方が、気持ちが紛れる。火神のことを考えなくて済む。
火神に『行きたいならお前の好きなようにしろ』と、そう言って見送ったはずの俺が、今こんなことを考えているなんて、ほんと何様だよなあ。
それに、それに、だ。
黄瀬の思いを勝手に利用してるってことも、わかってるから、本当、何様だよなあ。
あいつは、俺の頼みごとなら断れない。しかもその『頼みごと』の理由が、火神に会いたいでも会えないから、なんて。口が裂けても言えない。

早く、あいつとの関係もどうにかしないとなあ。

高校のときに告白された。
俺は、『ごめん』と答えたはずだった。それでもあいつの『これからもゆずさんのこと好きでいていいっスか?』という問いに『ああ』と返したのは俺だった。

画面はいつの間にか真っ暗になっていた。
俺は、ほんの少し迷ってから、電話帳を表示させるボタンを押そうとして――やめた。
やっぱり、やっぱり。こういうのは、だめだろう。

再びため息が出た。
吐き出しようのない『会いたい』は、ただ胸をを締め付けて募っていくばかりだった。
どうやったって、決して消せやしない。


たまらなくひとりがみじめになったような気がした


▼ 火神に会いたいけど色々考えてしまうゆず。
  2012/07/12(2012/07/30up)
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