痛いぐらいさようならって
「いま、なん……て、」
「はは。ごめんな、青峰」
自分の耳がついにおかしくなったのかと思った。
彼は、俺の目の前にいるこいつは、今、『バスケをやめる』とただそれだけを言った。
体育館脇に連れ出されて。俺はこれでもサボりすぎているという自覚はあるから、どうせまた今更だけども、そのことに関してだろうなんて軽々しく思っていた。適当に話を流すつもりでいた。だってあまりにも、ゆずはいつも通りだった。部活が始まり、ストレッチのあと軽い練習。五人一組でチームを組んで試合をしたり。あるいは1on1をしたり。もしくは、個々に極めたい部分や苦手な部分があればそこを重点的に攻めてみたり。
そう、いつも通り。何も変わらない。
ゆずだって、俺たち二年や一年の練習に付き合い、ときにはアドバイスをしていた。
「ごめん」
ゆずは言って、無理やり笑った。
しかしよくよく思えば、こいつはボールを抱えていながらも直接つくことはなかったような気がする。
俺は、ああそうかと漠然と気づいた。
裏切られた、とも。
怒りでどうにかなりそうだと苦く笑う心の中の口とは裏腹に、頭は酷く冷めていた。
なんで。
理不尽な言葉を突然押し付けられて、納得できるはずがない。
でも、ああそうか。
こいつにとってバスケってのは、そういうもんだったのか。
簡単にやめられるようなものだったのか。
そんな気持ちで今まで、ずっとプレイしてきたのか。
俺と同じじゃあ、なかったのか。
「バスケ、嫌いになったか」
憧れだった。
そう言えばきっと、ゆずはなんで俺なんか、と苦笑いをするのだろう。
それでも俺は、こいつに憧れていた。
同時に、超えたいと。
初対面のとき1on1をして負けたのがきっかけとなって、何度も攻防を繰り返した。しかし決して俺が勝つことはなく。いつも負かされていた。持ち前の負けず嫌いと闘争心に火がついて。
何よりの憧れだから。
だからこそ勝ちたい。
だからこそ超えたい。
そう、思っていたのに。
それなのに。
たかが、主将が怪我しただけだろ。
なんでそんなことにてめえが思いつめなきゃなんねえんだ。
関係、ねえだろ。
そう抗しても、こいつはまた懲りずに『俺のせいだから』なんてのたうつのだろう。
短所でも長所でもあるゆずの自己犠牲に、これほどまでに腹が立ったことはなかった。
後悔をいくら繰り返しても、過去は元通りにならない。
俺よりも一年大人なんだ。それくらいわかっているはずだ。
たとえバスケをやめたとしても、主将が喜ぶことはないだろう。
けどまだ意固地になって頑なに、自分のエゴのためだけに『バスケをやめる』と言い張るのなら、俺は、
「いや。嫌いじゃ、ねえよ」
ならなんで、
――とかそういうの。めんどくせえなあ。
めんどくせえ。
何もかも、めんどくせえ。
あほらしい。ほんとにあほらしい。
そうだよな。
よくよく思えば、なんで俺、こいつのことでこんなにぐだぐだ考えてんだ?
やめるって言ってんだから、勝手にやめさせときゃいいじゃねえか。
結局こいつはそういう奴だったんだよ。
むしろ、こんな中途半端な気持ち抱えたまま、バスケされてもむかつくだけだ。
邪魔だ。
俺の邪魔だ。
「あっそ」
なんでこんな奴に今まで憧れてたんだろうかと。
なんでこんな奴の背中を、今まで追い駆けてきたんだろうと。
頭だけじゃなく。
バスケで熱ったはずの身体さえもずっと冷たく冷えて。
俺はただ短く応えて、顔も見ずに踵を返す。
真っ直ぐに、前だけを見据えて体育館に足を踏み入れた。
*
――もう憧れるのも、
裏切られて傷つくのも御免だ。
痛いぐらいさようならって▼ 自分と同じ種類のバスケ選手だと思っていたゆずが、友人で主将の時任が紆余曲折あり負傷したのが原因でやめて、本格的にグレ峰になる直前の話←
本当は、ずっと一緒にバスケがしたかったんです。
2012/05/16(2012/05/21up)
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