黒バス→青い春 | ナノ
乱暴な言葉と大きな手
――時折、思い出すことが、ある。

(あの、忘れられない三年間を、)





今日はそれを、夢に見た。


「…………」


むくりと無音で起き上がって、俺は顔を顰めた。
カチ カチ
時計が時を刻む音が、酷くはっきりと聞こえる。

いつもは夢なんて見ないのに、こういう内容に限ってはっきりと覚えていた。
毎日バスケをすることしか考えてなくて、ゲームに勝ち負けもなく、ただ楽しかったあのころ。
幸せだった。
満たされていた。
だけどもう、そんな日々は。

俺にとっては不快対象でしかなかった。

戻らないことがわかっているから。
戻れないことがわかっているから。

戻りたい、戻れないだろうかと、
そんなふうに思う気持ちを握り潰すように。壊すように。
俺は、前髪をくしゃりと歪めた。





「ちょっとー! 今日顔色悪いぞゆずくん☆」

「…………」


頭が痛い。
がんがんと金属バットで殴られるようなくらい、
わんわんとミキサーの調節ネジが最大に回されたみたいに、
頭が、割れそう。

朝から嫌な夢を見たからって、こんなふうになるものなのか。

何とか一時間目をやり過ごし、その休み時間にリコに心配された。
俺の席にやってきたリコの、冗談まじりのその言葉。
それが、有難かった反面、余計なお世話だった。だって、こいつ、声でかいからさあ。頭の中で反響するんだ。

「……気持ち悪い……」

口元を覆ってそう漏らすと、リコの隣にいつの間にかいた日向が「保健室行くか?」と尋ねてきた。
リコには悪いけど、日向の落ち着いた声はあまり頭に響かない。ありがたかった。
……まあ、クラッチタイムに入ったらとんでもないことになるけど。


「……ん、行く」

答えてから、ついてこなくていいからと二人に言う。
リコと日向の雰囲気は、見るからに食い下がる気満々で、内心苦笑を零す。
口を開いて「心配すんな」と念を押すと、二人は俺が一人で保健室に行くことを渋々了承した。

子供かよ。

はは、ごめん笑えねえ。



「しつれーしま、……あ?」

ぐわんぐわんと頭痛が酷くて揺れているように感じはじめた頭に、眉をしっかと顰めた。
米神を押さえて、もたれるようにして保健室の扉を開けると、右手前から四つ並ぶベッドのうち一番奥のそれに寝ている誰かの足が、青いカーテンの隙間から見えた。
ベッドの脇には上履きが乱暴に転がされている。

それから、そう。
肝心の先生――養護教諭はいなかった。
くそ、こんなときにいねえとか、

「もう俺サボるから」

その言葉は、声は静かな部屋の空気によく通った。
静寂。
まだ休み時間の喧騒が残る外と比べて。まるでここは、世界から隔たれたかのようだと。感じた。

誰にともなく宣言して、奥から三番目、つまり手前から二番目のベッドに寝ようと近づく。
ぶっちゃけ、最奥のベッドに寝ている主には興味がなかった。
俺はとにかく寝たい。頭痛いから横になりたい。ただそれだけだ。
しかしそんな俺の願いを、神か仏かどっちかは知らないが、神仏サマは聞き入れてくれなかった。


「……おい」


奥、だった。
一番奥のベッドから声がした。
荒っぽさの伺える、特有の低い声。

「……なんだ、バカガミか……」

「キレるぞオラ」

面倒くさく思いながらも、しかしこれは何か反応してやらないとなと先輩らしく思って、時間が経つにつれて重くなり始めた体を引きずる。向かう先はもちろん火神が寝ているはずのベッド。
実は結構限界近いんだけどな、と眉根を寄せたまま自嘲。
一歩一歩歩くたびに、頭に振動が伝わってもう壊れそうだし、体は鉛みたいに重さを増していくし。
しゃっとカーテンを開け、た。
が、同時に俺を支えていた足は力尽きた。

「うおわっ」

変な声を火神が上げた。
うるさいなあ
そんなことを思う俺は今、火神が寝てるベッドの上に倒れこんでる状況。
要するに、半身だけ火神の上に乗っている。

「なっ、なんだ、どうした何があった変なもんでも食ったのか?!」

失礼な奴だな。

「うるせーだまれよあたまいてーんだよいっぺん死ねよおまえ」

火神の制服を掴んで腹のあたりに頭をぐりぐりと擦りつける。
ああ、あたまいたい。

「俺寝るから起こすなよぜったい」

もうほかのベッドに移る気力もない。
残っていたほんの少しの力で体を完全にベッドに引き上げる。
あ。ちゃんと上履きは脱いだよ。なんとかな。

ぼすん、
とベッドのクッションがたわんだ。

その衝撃でさえ俺の頭が割れそうだ。いや、もう割れる。
火神を下敷きにしてうつ伏せる。
全体重を、預けた。
別に重かったとしても、これもトレーニングの一環だと言って無理やり納得させればいいし。

火神の顔なんて見る余裕もなくて、とにかく寝たいという一身だけでその肩口に顔を埋めて目を閉じる。
俺の下にいる火神は、俺の行動に目をひんむき上げかけた声を呑み込んだ――気がした。


「……勝手にしやがれ」


暫くしてため息と同時にそんな声が聞こえて。そっと頭を撫でられる。


「……おー」


口元が緩む。
それを隠すように、わざとやる気のない声で俺は応えた。


▼ つまりは風邪。
  設定をお読みになってる前提で書いているので、まだ読んでいない方は読んでおいてください!きっと話がわからないと思うので!
  ゆずとキセキの世代は、仲がよかったんですよ。とても。
  2012/04/11(2012/04/22up)
  title:jachin
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