黒バス→青い春 | ナノ
どうやっても届かない
『ん、俺の夢?』

『そ。時任の夢』

『あー、あれかな、やっぱ。アメリカ行ってプレーするっての』

そう言って、時任は無邪気な笑顔を浮かべた。
しかしもう、それは酷く遠いことのように思えた。


『時任ッ!!』


そう叫ぶ監督の声も、遠く、遠く聞こえた。





――あの日も、雨だった。





俺の代わりに試合に出た友人が、俺の代わりに怪我をした。
と、いうのはなんだろう。
とにかくどうしよう、どうしたらいい、そんなことしか考えてなかったように思う。
俺はあのころから弱くて、弱くて。
何も成長していなくて。
だから今でも、ずっと、変わらない。


試合が終わってから、解散。
それから少しして、雨が降ってきた。

青峰所属の桐皇学園の試合にボロ負けして、その次の試合もその次も負けた。
俺にとっては全てにおいて、身が入っていなかった。
リコにも叱責された。
あんなに怒ったリコを見るのは、二年間共に過ごしてきて、初めてだった。

住宅街。
誰が住んでいるのかも知らない他人の家の塀に、もたれてずるずると座り込む。
もうすっかり暗くなってしまった空は、見上げると暗い雲が覆っていて。その上雨粒までが目に入って嫌になる。
解散した直後はまさか雨が降るとは思ってなかったため、もちろん傘などない。
雨に晒されて、しかし俺はこれでいいとさえ思えた。
左隣。一メートルくらい離れた位置にある街灯が、小さく明滅した。
それに照らし出されて、黒いコンクリートで塗り固められた地面がぽっかりと丸く浮き上がる。
そこだけ、明るくて。
まるで、光のようで。

あれ、デジャヴ、

なんて思ったりして。

俺は自嘲気味に笑った。





誰かが砂利を踏んだのがわかった。

「こっちくんなアホ峰」

と言えば、「なんだよ、折角慰めに来てやったのに」と言われたのを覚えている。
特徴的な浅黒い肌。
攻撃的なその目線。
だけどほんとは、結構優しい。
俺は、そんなこいつが好きだった。

今日と同じように雨の中。
俺は傘も差さずに他人の家の塀に持たれて、顔を膝に埋めていた。
左に、街灯もあった。

雨がざあざあと降っていた。
けれども、その足音と声ははっきりと聞き取ることができて。

どさり、と隣に座り込んだ音がした。
びくりと肩を震わせると、「なんでビビんだ」と笑われた。
逃げようとすると、「逃げるな」と。
今度は真面目な声音で。腕を掴まれた。

その拍子に顔が上がってしまう。
雨と涙でぐちゃぐちゃな、俺の顔が、

「ぶっさいく」

反論する言葉もなかった。

「だせえ」

お前仮にも先輩だろ

そんなことまで言われて、余計に涙が溢れてきた。
俺だって、好きで泣いてるんじゃない。
泣いてたって、何も変わらないってこと知ってる。
『逃げるな』って言葉は、何よりも俺自身へ向けられた言葉だってことも、知ってる。
俺は、逃げたから。
逃げて、ここまで来てしまったから。

見るのが嫌だった。
べきん、と鳴るあの音を聞きたくなかった。
すべてがスローモーションに見えた。
飛んできたボールを、受けようとして両手を出す。
それが、指先に垂直に当たって、
ボールをとろうとした選手にわざと、後ろから押されて、
普段なら踏ん張れるはずなのに、そのまま、固い、かたい床に、そのまま、


「――逃げんな、ゆず」


ハッと我に返って青峰を見た。
怖くて怖くてたまらない。
あんなのもう、見たくない。
俺のせいで、俺のせいだ、俺が、俺が、ベンチに戻ったりしなければ、
ファウルを、あんなに出さなければ、
あいつは、あんな目にあってなかったのに、


「わかってるよ、わかってる、」


くしゃりと、顔を歪めた。

何が怖いって、
あいつに、恨まれていると想像するのが怖いんだ。

雨粒が顔を打つ。
体中を打つ。
どれだけ濡れたっていい。
このまま風邪を引いても構わない。

俺はもう、あいつに合わせる顔がない。
バスケだって、――


「だからそれが、逃げてるっつってんのがわかんねえのかよ」


青峰が、苛々した口調で吐き捨てた。
ふと気づく。
傘、
傘を、さしていない。


「お前は、そんなふうに道路の脇で蹲ってるようなタマかよ」

よっこらせ、と青峰は立ち上がる。
雨で髪の毛がべったりと頬に額に、引っ付いていた。
それでも俺みたいにぶさいくじゃないのには、さすがイケメン、と素直に感心した。
水も滴るなんとやらっていうのは、こういう奴のことを言うんじゃないのだろうか。
明るい街灯に照らされて。
それでも青峰はそこにいることが、わかる。
ちゃんと、そこに、いる。
まるで、光のように。
くっきりと、はっきりと。

青峰が左手を突き出した。

お世辞にも綺麗とは言えない、そんな肉刺のできたあとのあるごつごつした手だった。

「立て。バカゆず」

騙されたと思って立ってみろ。


こいつはほんと、なんでこうも強引なんだ。
俺がこんなに、悩んでるってときに。

でもだからこそ、だからこそ、
この、力強い言葉に、俺は、


「……っ、このアホ峰!」


安心、してしまう。

大きな大きな、優しく強い光に。


「案外、怖くねえだろ。人生なんて、ぶつかって傷ついてナンボなんだぜ?」


半ば自棄になって乱暴に手を掴んで立ち上がった俺に。
そう言って、青峰は笑った。





ざあざあと、雨の音がうるさい。
あのときは、それすら気にならなかったというのに。
隣にあいつがいてくれたから、
今の俺があって。
逆にあいつがいなければ、今の俺は、いないのに。

今日の試合を思い出して、俺はまた、自嘲の笑みを浮かべた。
雨がどんどん服に浸み込んで、重くしていった。
まるで心まで、沁みていくようだった。

人は、変わっていくものなのに。
青峰は決して変わらないと、思っていたのに。
俺の知ってるあいつは、いなかった。


「……はは、ばかみてえ」


あるはずの面影を追いかけて。
あいつは俺のほうが強いと言ったけど、俺にとってはあいつが、青峰が一番強くて憧れで。
年下が憧憬の対象だなんて、と笑ってもいい。

もう、いない。
どこにも。

立ち上がる気力もなくした。
口を開けば自分を嘲う笑みか、それに乗せてのため息しか出てこなかった。
あいつがおかしくなったのを、止めることができなかったのは自分の所為だなんて偽善を言うつもりはない。
おかしくなってしまったあいつを、憧憬として見ていた自分が、情けないわけでもない。
ただ、ただ、

うまくはいえないけれど、


「もう一度、もう一度でいいから、俺は、」


お前が笑う姿が見たいよ


雨は、止まない。


▼ うんまあつまりこれはどんな話かって言うと、初めてのVS青峰戦で中学以降初めて青峰とゆずは再会して。あまりにものその変わり様にゆずが色んな思いを抱いた話です。……わかりづらくてごめんなさい;;
  ちなみにゆずの友人『時任』の読み方は『ときとう』です。彼が負傷した経緯については、もしかすると変更するかもしれませんのであしからず!そして負傷の詳細はまた別の話にて!
  2012/04/28(2012/05/18up)
  title:jachin
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