うちの奴に手を出すな
黄瀬涼太。
現海常高校バスケ部一年。
元帝光中バスケ部。いわずもがなのキセキの世代。
今ではもう、中学二年のときからバスケットをはじめたとは思えないほどの実力の持ち主。
キセキの世代の名は伊達ではない。
一度見た技はコピーすることができるし、その飲み込みの速さは一つ年上のゆずでも舌を巻いた。
彼は現在も、進化し続けている。
――否。
彼だけではない。
キセキの世代は、今も、進化を続けているのだ。
*
「この試合に勝ったら、ゆずさんもください」
開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うのだろうか。
場所。誠凛高校体育館。
大勢のギャラリーと、それから誠凛バスケ部を前に。
そう、彼――黄瀬涼太は言い切った。
普段とは比べ物にならないほど。バスケをしているときか、それ以上に真剣な表情で。
滑舌の良いはっきりとしたその宣言は、それほど大きな声で言ったわけでもないのに、まるで体育館が一瞬にして静まり返るような錯覚を覚えた。
自分の中で、黄瀬の一語一語が噛み締められる。
脳内で復唱されたあと、ゆずは一度真一文字に唇を結んだ。
ゆずの錯覚とは違い、ギャラリー――……と言っても、大半は女子――は、変わらず賑やかで。
一方で想像通りに静まり返っていたのは、もちろんバスケ部の面々だった。
見渡さずとも、誰もがこのあとの自分の言葉を待ち、息を張り詰めていることがわかった。空気が固い。
――ただ、一人を除いて。
ゆずはその姿を視界の端に見つけて、薄く笑った。
“ここにいたらだめになる”
そう、黄瀬は言った。
言った。
何の根拠もなしに言ったことではないということは、もちろん理解している。
しかし、
しかしだ。
ゆずは、まるでそういう気はしないのだ。
駄目になるどころか、ここには、より自分を成長させる予感しかしていない。確信すらしている。
*
俺の世代はまだ、比較的温和だった。
黄瀬や黒子の世代が、おかしいと言いたいわけではない。
けれど。
『あれ』は。あのやり方ではいけない。
あの勝ち方は、好きじゃない。
理論どうこうよりも、自分にとってそれは好みの問題。
難しいことを考えるのは、試合の作戦を考えるときだけにしておきたい。
あの学校にいて、俺は少しでも勝利に酔わなかったことがあっただろうか。
いや、ないわけがなかった。
勝つことは、嬉しかったから。
だから、勝ち続けた。
それだけだというのに、いつしか何かが足りない気がするようになった。
黄瀬や黒子たちが入部し、その潜在能力に目覚めていくにつれ、その感覚は膨らんでいった。
大切な何かが、
何かが、ない。
勝つためにバスケをすることがあたりまえだった。
今まではそれがあたりまえだった。
確かに、現役のころはこの違和感に気づいていた。
自分たちのバスケが、ほかとはどこか違うことがわかっていた。
それでも、それは気のせいだと思い割り切った。
本気のバスケをするのに、邪念は足手まといになるからだ。
そして実際に、『何かが欠けている』ことをはっきり自覚したのは、自分がバスケから離れたときで。
そのときにはすでに、キセキの世代のバスケは、完成していた。
*
キュッと、シューズを少し動かすと、床に擦れて音が鳴った。
ああ、この音が好きなんだとゆずは口角を上げた。
この音が好きだ。
シュートをするのが好きだ。
ドリブルをするのが好きだ。
パスをするのが好きだ。
作戦を考えるのも好きだ。
試合を見るのも好きだ。
ボールを操る感覚も好きだ。
練習や試合のあとの汗のにおいも好きだ。
空を切ってはためくユニフォームも、試合の際のあの必死そうな表情も。
全部全部、好きだ。
負けたら励ましあうし、勝ったらみんなでハイタッチをする。
そういうのも、大好きだ。
「俺は、「行かねえよ」……ははっ!」
長い長い、静寂。
ゆずにしてはそういうつもりは全くない沈黙のあと、口を開いて黄瀬に応えようとした。
『俺は、そっちの行く気はない』と。
そう告げるつもりだった。
が、まあ予想通り、ただ一人。
この黄瀬の宣言を聞いても、微動だにしなかった火神が、ゆずの言葉を盗った。
……うん。別にいいけどね。
ぎらぎらとしたその瞳の中には、激しい炎が燃え滾る。
いつだって、それは消えることのない。熱い熱い闘志だ。
バスケが好きで好きでたまらない。
だからさっさと試合がしたい。
とんだバスケバカだな。
ゆずは苦笑した。
バスケを真っ直ぐに思うそんな火神の姿に、惹きつけられたのは事実だった。
ここまでバスケに思いを注ぐ奴を、見たことがなかった。
(――ただ一人を除いては、)
もう一度、今度は選手に復帰してバスケをしたいとさえ、思ってしまうくらいに。
「何がおかしいんスか、ゆずさん」
あくまでも黄瀬は真剣だった。
形のいい眉を、僅かに顰めた。
ああ、整った顔が台無しだ、なんて歯の浮くような言葉はもちろん口が裂けても言わない。
恥ずかしいし、こんなときに言うとKYだし。
それに、黄瀬が調子乗るし。
「何も。何もおかしくねえよ。ただ、俺は火神が相変わらずだなと思って」
ちらりとその目を合わせると、火神は挑戦的な笑みを浮かべた。
頼もしい後輩で結構。
彼の、そして誠凛バスケ部の『これから』を想像して、気持ちが昂ぶり体が疼く。
「じゃあ、なんで、」
少しだけそこには苛つきが混ざっていたように思う。
黄瀬は、握り拳を開いて、また掌を強く握った。
「俺はな、楽しんでするバスケが好きなんだよ。勝っても負けても、楽しかったって言えるようなバスケが好きだ」
「……そんなの、試合じゃないっスよ」
顔を歪める黄瀬を見て、続く言葉をそのまま言うか言うまいかで躊躇う。
だけどそれも一瞬だった。
「……うん。そうかもしれない。――でも。俺が好きなのは、そういうバスケだ」
断言した。
誰かが、唾を飲み込む音が聞こえた。
火神が、勝ち誇るようにふんと鼻を鳴らした。
黄瀬が、諦めたように苦しそうに笑った。
「それが、ゆずさんのバスケっスか」
ごめん、と謝った。
何度もごめん、と謝った。
そんな顔が、見たいわけじゃないのに。
俺は、そんな、そんな顔じゃなくて。
辛さや苦しさを堪えるように笑う顔じゃなくて。
近づいて、黄瀬の頬に触れた。
火神ほどではないけれど、結構あったかかった。
第二の子供体温だな、と笑みを零すと、第二ってなんスかと眉をハの字にして笑われた。
そういう顔。
そういうのが、見たい。
俺はお前を、傷つけたいわけじゃなくて。
バスケへの価値観や、向ける思いのベクトルが違ったことは、悲しかったのは事実だ。
でも、あんな顔をさせるつもりじゃあ、なかった。
「――ゆずさんは、」
黄瀬が、言った。
「俺のこと、嫌いに、なりました、よね、」
黄瀬は俺の肩口に顔をうずめた。
頬に添えていた手は、するりと抜けて黄瀬の後頭部に添えられた。
自然な流れで、もう片方の手はその背中に回った。
「嫌いになるわけないだろ、ばーか」
ぽんぽんと頭を撫でると、俺の存在を確かめるかのように黄瀬は抱きしめる腕に力を込める。
まるででっかい犬みたいだと、ゆずは笑った。
*
しだいに涙混じりになっていく黄瀬に、先ほどから生まれていた罪悪感が沸々と沸きあがっていく。
ゆずは、さてはてどうしようかと思う。
思いながら、しかしなんとなく抱き合ったまま、数分が過ぎたころ。
「……おい、そこの金髪」
ふと、頭上から身体(からだ)の芯まで響く低い声が降ってきた。
言わずもがな、火神だった。
「今回は多めに見ておいてやるが、」
すう、と火神は息を吸った。
「ゆずは俺のモンだから、ぜってー手ェ出すんじゃねえぞ」
「俺お前のものになった覚えねーし」
なんて会話があったことは、また余談である。
▼ ……とか言っておきながら、実は心の中でデレてるのがゆずです。
三人称と一人称が混ざってたから、読みにくかったですかね……?
そして周囲はほぼログアウトしてます←
ちなみに、第一の子供体温は火神です(笑)
2012/04/20(2012/04/22up)
title:
jachin
←
戻る
[ 7/9 ]← | →