黒バス→青い春 | ナノ
やさしさで撃ち殺してあげる
朝起きて。
汗だくの上体がだるいと思って(以前みたいに火神に迷惑かけるわけにもいかないし)、ベッドの上で熱を測る。
39℃。
うん。学校休もう。

とりあえずリコに連絡してたら大丈夫かなあと、海に漂っているクラゲのようにふわふわした感覚の頭で思う。枕元の携帯に手を伸ばして、億劫ながらもぽちぽちとメールを打つ。送信。
なんかそれだけですごくやりきった感がして、横になりたい欲求が襲ってくる。でも、水分をとっておかなきゃいけないから、と俺はのろりと床に足をつけた。

キッチンへと向かう。

ああそういえば、と思い出す。
帝光の頃、風邪引いたときは赤司が気持ち悪いくらい優しかったなあ。あの赤司はほんと別人かと思った。いや、あれ実際別人だったんじゃないのか? 実は双子だったりして。
なんて、どうでもいいことを考えながら棚からガラスコップを取る。思わず取り落としそうになって冷や冷やした。
確か冷蔵庫にポカリスウェットがあったはず、とその扉を開く。冷気が一気に押し寄せてきた。涼しい。このままこうしていたい、だなんて阿呆なことを考えた。500mlのペットボトルを取り出して、キャップを捻る。うまく力が入らない。手がだるい。身体が重い。頭がぼうっとする。もう死ぬ。
諦めて、ベッドに戻ることにした。途中で冷えピタも取ってこようかと頭を過ぎったが、そのほんの少しの行動さえ、俺はする気が起きずに結局ベッドに真っ直ぐ帰った。

ぼすん、といつもの調子で頭を枕に預けると、その衝撃で脳内がぐわんぐわんと揺れた。うええ気持ち悪い。軽く吐き気がこみ上げてきたが、堪える。耐えろ、ゆず。
目をつぶって奥歯をかみ締めて、しばらくじっとしていると収まったので、俺は先ほど脇に置いたポカリのペットボトルの開封に再挑戦してみることにした。寝ているとまだ身体は楽だし、大丈夫な気がしたからだ。

「んぐ、」

変な呻き声と共に開いた。
おお、と少し感動してから、俺は同じく脇に置いてあったコップを手に取る。とぷとぷと注ぐと、見ていても冷たそうだった。寝たままだと飲めないため、仕方なく身体を起こす。コップに口をつける。傾ける。咥内に冷たい液体が流れ込む。喉が動き、ごくりと飲み込む。うまい。ここまでポカリがおいしいと思った時はない。さて二口目、というそんなときだった。

ピーンポーン

おい、誰だよこんなときに。
どうせセールスか何かかなあ、と判断して、俺は居留守を決め込んだ。
そして再びポカリに口をつけようとしたときに、また、

ピーンポーンピーンポーン

「…………」

うるさい音に、頭が反応してがんがんと鳴り始めた。
これはこのままだとやばい、と、とりあえずポカリとコップを枕元の棚に置いて、鉛のような体を引きずって玄関を目指した。一歩一歩が枷のように重い。その上暑い。ポカリを飲んだとはいえ、体温は上昇し続けているように思う。呼吸が速くなる。玄関が幻のように遠い。頭の中で鳴り響くインターホン。まるでバットで殴りつけられているかのよう。視界が霞む。ようやく辿り着いた。相手を確認する余裕なんてなかった。鍵を開ける。

赤。
俺より小さい――つまりは、火神よりも小さい、鮮やかな赤。

「……あ、かし……?」

そのとき俺が最後に見たのは、大きく目を見開いて珍しく赤司が驚く顔だった。





「……ん、ぁ」

額が冷たい気がした。
ふわふわ漂う意識はだんだんとはっきりしていく。
ゆっくり目を開くと、なんら変わりない自分の部屋の天井。
いつの間に戻ったんだろう、と視線を横にずらせば、フローリングに腰を下ろした――赤司。

「……あか「倒れたんですよ、覚えてませんか」……うん」

俺の言葉を遮り、腕組を組んで憮然として問う赤司に、俺は素直に頷くしかなかった。
玄関の扉を開けた先の記憶がないのは事実だった。
赤司は、腕を解いてこめかみを揉んだ。

「……貴方って人は、本当にだらしないですね」

刺々しい台詞が心地よい、と思ってしまった俺はどうかしているだろうか。

「そうかな」

「そうですよ」

久々に見る後輩の顔は、中学の頃に最後に俺が見たものよりも、大人びて見えた。
それでもどこか、子供っぽくも見えたし――。
決定的に何かが変わってしまったようにも、見えた。

「赤司、ありがとう」

額を触るとやっぱり冷えピタの感触。
普段はお堅いし周りにも厳しい感じもするけど、なんだかんだ言って優しいんだよなあ、と、俺の頬は緩む。微笑んで返すと赤司はばつの悪そうな顔をした。

「……いや、知らなかったとはいえ、僕も風邪で寝込んでいる日に押しかけてしまったので……」

殊勝な赤司は気持ち悪い。
だが、悪い気はしない。
気にするなと笑えば、赤司は黙り込んでしまった。
どうしたものかと考えあぐねる。

――それにしても、俺は赤司に嫌われていたのではなかっただろうか。
帝光当初ですらずれていた部分もあったお互いの考え方は、俺がバスケをやめる中三のころには完璧にずれ、違うものになっていた。
何が赤司をそう変えたのかわからないし、俺には知る権利も度胸もないけれど。
赤司は、勝つことが当たり前で、それ以外には何も認めない。勝たなければ意味がなく、そこにバスケの楽しさは必要ない。
世代ごとの、空気というものもあったのだろう。
帝光のバスケ部は『百戦百勝』だった。確かにそうだ。
でも、俺は勝つことも負けることも大切で、意味があるものだと思っていた。そこにバスケの楽しさはもちろんあった。

俺と赤司は、バスケに向ける思いが決定的に異なっていて、だからこそ相容れない。

俺は赤司のことは嫌いじゃないし、むしろ好きだったけど、頑なにこいつは俺を受け入れようとはしなかった。俺がバスケ部副主将だったにもかかわらずだ。ほとんど他人行儀な会話しかしてくれなかった。――まあ、時折、気まぐれに優しいときはあったが。

「……赤司は、」

俺が好きか、と。
気にはなる。
でもなあ。それを知って、どうにかなるってものでもないし。
開けっ放しの口から、どんな言葉を紡げばいいのかわからなくなった。こちらを見る赤司から目線を逸らす。

「……なんでもない」

そして俺は誤魔化すように赤司の頭に手を伸ばした。
案外伸ばせば近くにいたこいつは、避けることもしなかった。俺は驚いて口をぽかんと目をぱちくりとさせる。

「どうした赤司。熱でもあるのか」

「ありませんけど」

ぷい、と顔を背けた。
どこか拗ねたような口ぶりに、思わず笑みを零す。

「可愛いなあ、お前」

くすくすと笑ってその髪をくしゃくしゃにする。柔らかい。猫っ毛か。赤司らしい。

「やめてください。それから可愛くないです」

「そうかあ?」

俺は思う存分に赤司(の髪の毛)を堪能してから手を離した。少し名残惜しい気もしたが、これ以上なにかをするとどんな報復があるのか想像するだけでも身震いする。同期にも後輩にも、その上先輩にすら容赦がないのだ。赤司征十郎という男は。

「僕なんかより、貴方の方が」

赤司のオッドアイが怪しく光る。これは。何かしてやられる、と思った瞬間に腕を引っ張られた。
上半身だけ急に起こされて、僅かに眩暈がした。しかし、そんなものは一瞬で吹き飛ぶ。

「可愛いっていう心配をしたらどうですか?」

小さく声にならない悲鳴を上げる俺の顔すれすれに、微笑む眉目秀麗な赤司のどアップ。
ほんの少しでも動けば、どこかが触れ合ってしまう。俺は呆気にとられて、次に瞬時にこの状況を理解して熱が顔に集まってくるのがわかった。きゅ、と手を強張らせると、赤司がそれを握りこんできた。どういう風の吹き回しなんだ、これは。

「……ええと、……あ、赤司、近い……」

逸らしたくても、逸らせない。
そんな引力のようなものを、赤司は持っていた。

「わざやってるんですよ」

そうにっこり微笑を浮かべられてしまえば、俺はさらに顔を真っ赤にするしかない。
なんだ、くそ、この確信犯め。
年上なのにからかわれていることを嫌でも自覚してしまう。情けないし、恥ずかしい。しかもなんかきいただけでも羞恥で顔を埋めたくなるような、そんなどこぞの乙女ゲーみたいな台詞を何食わぬ表情で言ってのける赤司が恥ずかしい。俺なんか絶対口に出せない。これぞまさに恥ずか死ぬ。

「う、あ……」

いやがおうにも意識してしまう。
赤司の吐息が鼻にかかる。思わず赤司を凝視。にこり、と笑む。うわ、えろい。弧を描くつややかな唇に吸い寄せられそうだった。怖い怖い。
すっかり固定化されていた視線を無理やり動かして伏せた。赤司を見ていないのに、下がったはずの体温がまた上昇していくような感覚に襲われて混乱する。
そうだ、赤司が美人なのがわるいんだ。

「ねえ、」

「っ、な、なに……」

自分の上擦った声。やばい、やばいこのままじゃあ。今視線を合わせたら大変なことになる。
やけに鼓動がうるさい。十割方俺のだ。もちろん。
そりゃ、こんな美人が目前にいたら誰でもこうなるだろ。
赤司の顔を見ずに返すと、わざとらしくはあとため息をつく。至近距離。直接それは俺の肌に触れて。びくん、と体を揺らすと、その反応に満足したのだろう。小悪魔はにやりと笑ったように思った。かと思えば、

「波崎、先輩。……、」

赤司は切なげに俺の名前を呼んで。俺の背中にそっと両腕を回した。まるで壊れ物でも触るかのようなその抱きしめ方に、少し疑問を覚えた。確かに、俺は今現在病人……というか風邪を引いている身だけども。赤司のこの動作の理由は、それとはどこか違う気がする。
赤司が俺の首元に顔を埋める。
何かを言おうとして、噤まれた口。そこから出るはずだった言葉が気にならないと言ったら嘘になる。でも、赤司が言いたくないのなら追求はしない。案の定、赤司は口を閉ざしたまま、何も言おうとしなかった。

俺も、おそるおそる、赤司に腕を伸ばす。
抱きしめる。
まさかの無反応。
驚く。てっきり抵抗されるものと思っていた。
どういうことだ。しおらしいにも程がある。
抱きしめた身体は、あまりにも小さく。この背中に背負っているものはとてつもなく大きいのだろう。
不安になる。赤司は、大丈夫なのだろうか。
もしかしたら、洛山の方で何かあったのかもしれない。
きくべき、だろうか。……俺は、こいつに嫌われているのに?

「ひっ、」

唐突に、喉をざらりとしたものが伝った。視線を落とす。視界は真っ赤。赤司のつむじが辛うじて見えた。何だ。舌か。……って、舌?

自問自答している間に、今度は同じ場所で小さなリップ音。
……え、
キス、?

「あ、あああ赤司さんっ?! 何やってんの?!」

聴覚的衝撃に動揺して勢いあまって『さん』付けなんてしてしまった。
ゆっくり頭をもたげて赤司が顔を上げる。うわあやっぱり美人だなあ、なんて。予想もしていなかったことが次から次へと起こって疲れたからだろうか。再び霞がかかり始めただるい頭でぼんやり思っていると、赤司の顔が近づいてきた。今回は止まる気配が全くない。そのまま近づいてくる。条件反射で目をぎゅっと瞑った。瞼の上で柔らかい感触とリップ音がした。
あれ。また、キスされた?

「……なんかの罰ゲームなのか、これ」

目を開けて赤司に向けぽつりと呟くと、ほんの少しだけ表情が歪んだ。
それは本当に、本当に刹那。悲しそうな切なそうな、寂しそうな苦しそうな。そんな顔。

「さあね」

しかし、次の瞬間にはもう普段の赤司に戻っていて。
気のせいか、と俺は思った。

いまだ抱き合っているこの状況をどうしたものかと考えたけれど、人の体温というものはこういう風邪を引いたときには恋しく感じるものだ。離したくない。
が。この時点で俺は、今更ながらここまで密着していると赤司に風邪がうつるんじゃないかと気づく。
赤司の脇の下から腕を抜こうとしたけれど、なぜか赤司の方は俺を放す気がないようで。気づかれないように息をついた。つくづくどういうことだよ、これ。あの何様俺様赤司様に抱き着かれてるんだぜ、俺。明日は絶対槍が降る。いや、槍よりもっとすごいものが降ってくる。
赤司が少し、抱きしめる腕に力をこめた。
そのあたたかさに誘われて、睡魔が寄ってくる。眠い。頭もなんだかどこかを漂っている。ふわふわして、気持ちいい。眠ろうとする自身を叱咤するが、結局抗えずずぶりずぶりと沈んでいく。ブラックアウトする寸前。まどろむ意識の中で、

「おやすみなさい、先輩」

そんな声をきいた気がした。


▼ 『乱暴な言葉と大きな手』より後の話。WCはまだです。
  よくわからない話になりました……
  赤司は多分何か関東方面に用事があって来たと思われます←
  そして赤司のキスの意味→喉:欲求。瞼:憧憬
  2012/07/25(2012/07/26up)
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