灰に還る
※ 黒バス第170Qあたりのネタバレ注意!
ネタバレくんが登場します!
WCの会場となっている体育館。
その選手たちの控え室が並ぶ廊下を、ゆずが紙パックの抹茶オレを飲みながら一人で歩いていると、そこへ「おい、」とかけられた声があった。
耳に入った声は、どこかできいたことがあるようなないような。
なんだろうと思い、面を少し上に上げる。人相をすっ飛ばして真っ先に目に入ったのはドレッドヘアー。
え、なに、この髪型。
そして次にその人物の目つきの悪さが視界に入る。
もももしかして、ヤのつく職業の方ですか。
すばらしい勢いで、ゆずの顔から血の気が引いた。
「あ、あの、どちらさま、で……?」
おそるおそる尋ねると、ドレッドヘアーの青年眉がぴくりと動いた。
その反応を見てゆずの肩もびくりと揺れた。
「忘れてんのかよおめー」
こくりと頷くと、彼の機嫌が一気に急降下した。周囲の温度も急降下した。
恐怖から土下座する勢いで謝り出しそうになるのを、さすがにそれでは自分のプライドがなくなると懸命に堪(こら)える。
「……灰崎だよ。灰崎祥吾」
遠くから聞こえていたはずの試合の喧騒が消えた。
は、と漏れた声は、さぞかし間抜けだっただろう。しかしゆずにとってはそれすらも、自分が発したものではないかのように聞こえた。
それくらい、それくらい、に、
「ま、じで……?」
「嘘ついてどうすんだタコ」
衝撃的な、再会だった。
*
――灰崎。
灰崎祥吾。
元帝光中学バスケ部レギュラー。
髪は脱色して灰色。制服も着崩している。その上目つきも悪いときた。そんな暴力沙汰を起こすことなど日常茶飯事の問題児であった。
仮にもバスケ部員だったというのに、自覚は皆無。あげくの果てには赤司に強制退部させられた。
もちろん先輩後輩の上下関係もあるはずのないこの灰崎が、中学時代唯一『先輩』を『先輩』として一目置いていた人物が一人。それがゆずである。
ゆずにしてはこんな問題児を一人で抱えられるわけがないので、とてつもない迷惑だったのだが、周囲はこれ幸いとして結局ゆずに灰崎を任せきりだった。
「……」
場所を移動して近くのベンチに腰を下ろす。
隣にはあの灰崎がいる事実に、ゆずは視線が激しく泳いでおり見るからに挙動不審だった。
灰崎に一目置かれていたとはいえ、ゆずは彼のような危うい人間は苦手なタイプだ。どのように扱えば安全なのかわからないからである。
けれどこの気まずい沈黙に耐え切れるゆずではなかった。
「あの、さ。なんでお前、ドレッドヘアーにしたの」
緊張で喉が渇く。
潤そうとして抹茶オレを飲んでも、当たり前だが渇きがなくなることはなかった。
「別に、なんとなくだよ」
ふうん、とゆずは相槌を打つ。
灰崎のことだから、本当に『なんとなく』だったのかもしれない。が、もし何か理由があって、でも言いたくないのならそれはそれでいいだろう。下手に詮索してキレられても困る。
「……俺、帝光の時の髪色と髪型が好きだったんだけどなあ」
零れ落ちるようにいつの間にか呟いていた。
はっとして口元を押さえるが、時はすでに遅い。ゆずは怖すぎて灰崎の方を見ることができなかった。
そうやって体をちぢこめさせていると、隣からくつくつという笑い声が漏れてきた。
「なんでそんなにおびえてんだ、センパイ」
思わず灰崎を見てしまう。
いや、だって、
何かを言おうとしても、口はぱくぱくと動くだけで言葉にはならない。
情けない自らを、叱咤しようとしたとき、
「……まあ。気が向いたらまたいつか戻してやるよ」
ふ、とその口角を、目元を緩めて言うものだから。
あまりにもその表情が、珍しいものだったから。
不覚にも、釘付けになるだなんて。
「俺、センパイのこと嫌いじゃねえし」
なにこのツンデレ。
不意打ちだろ。
でもドレッドヘアーじゃなかったらもっとよかったかな。うん。
今でもつくづく灰崎がよくわからない。
好かれるような……一目置かれるようなことはしていない、はずなのに。
なんでだろうなあ、と首を傾げる。
本人に聞けばいいことなのだろうが……。なんというか、聞きづらいというか。だって、ふつー『俺のどこが好きなんですか』とかそれに似た類の質問なんてしたら、そんなのナルシストに思われるだろ。
「……ん、……あんがと」
とりあえず、素直に礼は言っておいた。
*
灰崎と黄瀬との試合は、どちらが勝つのかは正直わからない。
帝光中の頃は最終的に黄瀬が灰崎に勝つことはなかったが……。黄瀬が急成長を遂げている今、勝敗がどちらに傾くか予測不可能なのだ。
自分の高校の控え室へと戻っていく灰崎の背中を見送りながら、ゆずは一つ、はあ、と息をついた。
▼ 灰崎くん登場で思わず。
ゆずは灰崎が氷室さんとアレックスに暴力を振るったことを知りません。
本誌との矛盾があればご一報していただければ幸いです
2012/07/20(2012/07/26up)
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