でもまあやっぱり夢じゃなかったわけで。

カーテンの隙間から洩れる光に目を覚ました俺は、とてもじゃないけど爽やかな気分ではいられなかった。

「だる……」

結局あの後もしばらくは眠れず、ぼーっとしていた。空が明るくなった頃から意識がないからきっと眠ったのは4、5時らへんだろう。

重たい体をなんとか動かしてキッチンまで行く。片手でトースターにパンをセットし、もう一方ではコーヒーを作る。ヴー ヴーと鈍い音がしたのでトースターの横に置いた携帯を見るとどうやら着信の知らせのようだ。そこに表示された名前を見て俺は反射的に出た。

『……もしもし、臨也?』

「シズちゃん どうしたの?」

深夜には俺から電話して、今度は学校が始まる前に電話がきて。何か急ぎの用事なのだろうか。

『お前今どこにいる?』

「家だけど?」

『あー、あのよ、今お前んちの前にいるんだけど』

「え、嘘、どこ?」

それを聞いて窓から外を覗き込むが彼らしい人はいない。

『マンションの前』

言われた通りの場所を見てもやはりいない。どこを探してもいないよ。と言おうとした時、ふと思い出した。

「あ……」

前に彼に、家まで送ってもらったことがある。その時に、自宅を知られないように、と全然別のマンションに行ったんだ。

『臨也?』

やばいどうしよう。ドクドクと心臓が脈打つ。嘘ってバレたくない。どうしたらいいんだ。

「ごめんシズちゃん、俺、今起きたばっかりで……」

『ああいいよ。俺が来たくて勝手に来たんだし』

「ごめんね。先行ってていいよ」

『いや、待ってる』

とりあえず時間を伸ばさないと。彼を諦めさせて行かせることは無理そうだ。そもそもなんで来たんだろうか。

パンとコーヒーをそのままにして学ランに腕を通した。そうだ。あのマンションの裏口から中に入って彼の前に現れるというのはどうだろうか。それがいいだろう。それでいこう。コーヒーをカップに注いで一気に飲み干し、パンをそのまま持って家を出た。



「シズちゃん」

「臨也」

見事、裏口からの侵入は成功して自然な素振りで嘘ついたマンションから出た。パンは来る途中に食べきった。

「なんで急に来たの?」

まず疑問に思ったことを口にしてみると彼は苦笑いをして答えた。

「あんな時間に電話があったから、なんか心配で来た。悪いな急に来たりして」

「あ……そんな、全然。来てくれて嬉しい。てか、あれは気まぐれで電話しただけだし。なんか……ありがと」

心配、してくれてたんだ。ホントに、ただ純粋に嬉しかった。彼は何故こんなに優しいんだろう。――俺に、その優しさを受ける権利なんてないのに。

「ゆっくり行くか。まだ余裕で間に合うし」

「……そうだね」


肩を並べて歩いて、他愛もない話をする。こんなことが心地好いと思うなんて。
電車に乗ったところで気づいた。わざわざ手間かけて来てくれたんだなあと。大して金無いって深夜の電話で言ってたから、電車賃の分として夕飯は俺が奢ろうと思った。それじゃあ逆にかかる金の量として俺に損があるけど別に損とは思わない。短い間だったけどありがとうとごめんねの意味を込めよう。

また一緒に登校をしてきた俺たちを、新羅はニヤニヤしながら見ていて、廊下に沿った窓から外を眺めていたドタチンは一回こっちを向いて複雑そうな顔をしてすぐ視線を外に戻していた。







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