俺はやはりおかしいようだ。彼の唇があと0.1秒で触れる、というところでこれは間違ってる。そう思ったのに、やはり動けなかった。
「……っ」
そして、自身の口に触れる柔らかい感触。外見に合わず、ほんとに触れるだけの優しいキスだった。思わず流されてしまい、その感触をずっと楽しんでいたいとまで感じた。
しばらくそのままお互い動かないでいた。だんだんと息が苦しくなってきてぷは、と口を開いたその隙に彼の熱い舌が侵入してきた。
「! んっ……ん――」
これにはさすがに抵抗した。びっくりした。彼の肩を押したがびくともしない。急展開すぎる。歯だけはがっちりと合わせていたがそれすらも舐められそろりと隙間をつくったら完全に咥内に入ってきて、直接舌を舐められ背筋がぞくりとした。押し返すようにしたが上手く絡め取られてしまいじゅぷじゅぷと音を立てて唾液を交換する羽目になってしまった。
もうマジで無理。ぎゅっと閉じた瞳に涙が滲んだ。そこでやっと唇が解放された。
「はっ……はぁ、ば、か」
「……わりぃ。止まんなくなった」
最悪。顔が上気してるのが自分でも分かる。呼吸がうまく整わなくて浅く断続的に息をした。
「……シズちゃんがっつきすぎ……」
「……ごめん」
「いや……どうやらファーストキスみたいだし、気にしなくていいよ」
「……っなんでファーストキスって知ってんだよ!」
「え? まじでファーストキスだったの?」
俺はカマをかけて言ったがまさか本当にファーストキスだったとは。初めてにしては上手いと思う。……素質あんのかな? ってなに考えてんだ俺!
「臨也は?」
「あん?」
「臨也はファーストキスなのか?」
「……そうじゃないって言ったら?」
「……そっか」
「嘘だよファーストキスだよ」
「……まじか!?」
一回うなだれた頭を物凄い勢いで上げ、嬉しそうに微笑まれた。よっしゃ、なんて小さく拳作ってるし。……本当は、ファーストキスじゃないんだけどね。彼がうなだれたのを見てつい、嘘なんて言ってしまった。ついってなんだ自分。「そうだ、夕食さ、出前取ないならカップ麺でいい?」
「えー、なんか食材ないの? あるなら軽いものは作れるけど」
「……塩と砂糖があるぞ」
「ごめんなんでもない」
どんな生活を送ってんだ。買い溜めくらいしとけ、と心中でツッコミつつ仕方がないのでカップ麺を食べることにした。
生まれて初めて口にしたカップ麺はうまかった。なんか麺が柔らかいというか普通の麺と違う感じがしたが味が良かった。具が入っててびっくりした。おお! と感動していると彼が笑った。俺なんかおかしいこと言ったかな?
そして、今日二度目の風呂に入り、眠る前、
「いいよ俺がソファーで寝る」
「だめ。客人はもてなさないと」
「いや、まじでいいから! 悪いから!」
俺たちは、どちらがソファーで寝るかについて口論していた。家に泊まって、さらにベッドを占領するなんてことできない。それなのに彼は頑なに許してくれない。
「……じゃあ、いっそのこと一緒に寝るか?」
「え? ……」
一緒に寝る。と聞いていやらしいことを想像してしまったのは俺だけじゃないはずだ。ちょっと待って。やっぱり急展開すぎる。黙り込んだ俺を見て彼は、はっとなり慌てて訂正に入った。
「ばっ……勘違いすんなよ! 一緒に寝れば丸く収まると思って、決していやらしいことなんて……!」
そう言うということは彼の頭にも浮かんだことが分かり、お互い黙って俯くことになってしまった。
「……えーと、俺はソファーで眠るからお前は……」
下を見たまま彼が話し出したので俺も反応する。
「いいよ。いや……あの、一緒に寝てもいいよって意味だよ」
「は?」
「ただし、いやらしいこと無しね! はい約束ー。じゃあ俺は先に寝てるから!」
びしっと指を差して勝手に話を終わらせて布団に潜り込む。ああちくしょう。何言ってんだ俺。後から嬉しそうに彼も入ってきて、俺の背中に抱き着いてきた。
「ちょ……!」
「なんもしないから。こんくらいはいいだろ?」
「……べ、別にいいけど……」
俺の心臓はバクバク鳴っていて、振動が伝わらないように。なんて乙女チックなことを考えてしまった。
反面、どこか冷めていた。
今はこんなことしていても、やっぱり彼を潰さなければいけないのか、と。
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