携帯越しの彼が息を飲んだ気がした。何か反応はあるかとしばらく黙ってみた。雨の音がうるさいから全意識を耳に集中させた。
『お前は、』
「え?」
シズちゃんが微かになにかを言った気がした。聞き返してみるが反応はない。なんだか心臓がうるさい。こんなにも雨の音がするのになぜかその音だけは鮮明に聞こえた。
『お前は、悪くねえ』
そこで彼の言葉が今度は、はっきりと俺の耳を通った。その言葉を聞いた瞬間俺の心臓がどん、と音を立てて重くなったように感じた。なんだ、何だこれ。心臓の音はうるさくなるばかりで、今やっと気付いた。俺は、動揺しているんだ。する理由なんてないのに、だって俺は彼のことが好きでもなんでもない。妹たちを助ける為の犠牲になってもらうんだ。その為に、こうして付き合っている。それがなければこんなに深く関わるつもりはなかった。ただ、おもしろい奴。と思って観察して終了のはずだった存在だ。
いや、違う。今思ったことには語弊があった。俺は、初めから彼に興味以外の感情を示していたのではないか?
入学式の帰り道、俺は新羅とこんな会話をした。
「静雄と友達になりたいのかい?」
「……は、あはははは! 新羅サイコーなんで静雄くんと、俺が? 友達? あははははははは!!」
「また、人間観察?」
「んー……それはちょっと違うかなあ。なんだろうね! 分かんないや!」
それを振り返ってみて、俺は彼にただ興味があったとかそんなもんじゃなかったことを自覚した。
『臨也、ごめんな。あんなこと、急に言われたら……その、重いよな』
「違う!」
何を言ってるんだ俺は。頭の中で冷静な俺がそう言ってるけど意識とは反対に口からは滑るように言葉が流れた。
「俺は、シズちゃんのこと、重いなんて、思ってない。俺が悪いんだ。シズちゃんはなにも悪くない。ごめん。ごめん。全部俺が悪いんだ」
黙れこの口。馬鹿か俺は。感情のままに動く人間がどれほど愚かなんてこと、知ってるはずだ。それなのに、俺は――
『臨也……お前はなんも悪くねえよ。俺がお前が戸惑っちまうような重いこと言ったんだ。悪かった。……簡単にできると思ってねえけど、忘れてくれ』
やめてよ。そんなこと言わないでよ。俺の心中は彼の言葉に対する焦燥でいっぱいだった。違う、俺は俺は、
「シズちゃん……会いたい」
ザー ザー
雨の音が止まない。この音は、彼にも聞こえているのだろうか。
『え……?』
頬に温かいモノが伝った。俺は、彼に会いたかった。
「臨也!!」
携帯から……それよりもはっきり、声が聞こえた。はっ、と俯いていた顔を上げたらその先には、彼がいた。
「シ、ズちゃん。どうして」
「馬鹿野郎! 風邪引くだろうが!」
いきなりの事で固まっている俺に、傘を二本持ったシズちゃんがそれを放り投げて抱きついてきた。駄目だ。いけないと思うのに俺は彼の背に腕を回していた。
「ごめん……、ごめんシズちゃん」
それしか言えなくてずっと繰り返すと、その度に抱き締めてくる腕の力が強くなった。
「……探したんだぞ」
「なにを?」
「臨也を」
ここは、ドタチンの家から少し歩いた場所だ。駅方面へ向かっていたこの場所は彼の家から結構遠いはずだ。それに、探したって言ったて、俺が新宿に帰ってたらどうするつもりだったんだ。ドタチンの家の居座ってた可能性だったある。てか、なんで電話しないでこんな雨ん中俺のこと探し回ってんだ。せっかく服取り換えたのに、俺達びしょびしょじゃん。
「ごめんシズちゃん……」
またごめんと謝った。だって、こんな俺のために、そこまでしてくれるなんて、罪悪感でいっぱいだ。彼はやっぱりお前は悪くないと言ってくる。ああ畜生。どうしてそんなに優しいんだよ。
「……俺んち来い。荷物とか、制服とか置きっ放しだろ」
「うん、」
もう、なんかそう答えることしかできなくて、素直に頷くと抱き締めていた腕を離し、放り投げられていた傘を拾った彼が俺の腕を掴んで歩きだした。するとその手に握られていたビニール傘を見て彼が不思議そうな顔をする。
「お前……その傘どうしたんだ?」
「え? あー、通りすがりの人に貰った?」
「なんで疑問形なんだよ。まあ別にいいけどよ……」
ぶっきらぼうに答えた彼は俺の方を向かず、そのままお互い無言で歩いた。なんだか、普通に会話って空気じゃないし、変に話そうとすると余計に気まずくなりそうだったから、これでいい。
てかなんで俺は、会いたいなんて言った。なんで帰らない。やるべきことが、たくさんあるのに。気付いてしまった感情からは目を背けることしかできなかった。
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