流れというか、強制的にというか、シズちゃんが俺のことを家まで送ってくれるという展開になった。他人に自宅を教えるのは俺としてはあまりいいことではなかったので途中までにしてもらおうと思ったが新宿駅を出たところで「ここまででいいよ」と言ったのに、彼は頑なに俺から離れようとしない。どうしてこうなった。

「ここで俺が帰ってその後なんかあったとか言われたらシャレになんねーからな」

これも彼の優しさの一つなのだろうか。しかし、やはり家を知られる訳にはいかない。だから俺は罪悪感もなく当たり前のように嘘をついた。

「分かったよ。お言葉に甘えて家まで送ってもらう。ここを真っ直ぐ進めばすぐ着く。行こうか。」

もちろん真っ直ぐ進んでも俺の家はない。とりあえずこの場を乗り切るために言った出まかせだ。
確か真っ直ぐ行けば高層マンションがあったはずだ。そこにしよう。

疑いもせず、歩き出した彼に俺は騙せた、とこっそり安堵のため息を吐いた。



「送ってくれてありがとう。ここが俺の家だよ」

「……なんつーか、でかくね?」

40階建てのそこを見上げてポツリと呟く。そうかなあ、と俺も一緒になって見上げるが、毎日自宅から高層の建物を見ている俺にとっては特にすごいとは感じれなかった。

「じゃあ、またね! シズちゃん」

軽く片手を上げて中へと入る。彼も同じようにして片手を上げ、踵を返した。さて後は彼が見えなくなるのを確認して自宅に戻るだけだ。じっ、としばらくの間見つめていると、

「?」

ポケットに突っ込んでいた携帯が着信音を響かせた。

「はい」

『……俺だけど』

「……シズちゃん?」

ああそういえばマックでメアドとか番号交換したっけとつい先ほどのことを思い返す。俺はいつくもある携帯の中から「その他いろいろ用」の番号を教えたんだ。それは普段俺が常に使ってる「情報用」と一緒に持ってるものだ。

『ちゃんと家ん中、入ったか』

小さくなっていく彼の背中を見ながら答える。電話がきたのは俺が嘘ついたことがバレたのかとひやひやしていたがどうやら違うらしい。冷静に考えればバレたら電話する前に直接ここまで戻ってくるだろう。

「うん。もう部屋だけど、どうしたの?」

『……そっか。それならいい。じゃあな』

「えっ……」

ピッ ツーツー

通信終了の機械音が彼の声を届けていたところから聞こえた。なんだろう。これはあれか。心配してくれたのか。
ピリ、と胸が痛んだ。なんだよこれ。なんで痛むんだし。
彼の姿が完全に見えなくなったことを確認し、来た道を戻ろうと歩を進めると横からいきなり腕を引っ張られた。


「!?」

マンションとマンションの間の細い路地に引き込まれ、口を塞がれる。何事かと目の前の人物を見上げるとそこには図体が無駄にいい知らない男がいた。

いや、ちょっと待てよ。知ってる。今まで関わってきた人が多いだけで忘れてるんだ。だが、忘れるということはそんな重要な奴ではないらしい。ギッと睨み上げるとそいつはニヤリと嫌な笑いを漏らした。

「あいつ、平和島静雄だよな」

その言葉に驚愕した。何故、彼の名前がここで。


ただいい予感だけはしなかった。できれば的中はしてほしくなかったが。







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