「ほんっと……シズちゃんって性格悪いよね」
 臨也の言葉に眉を寄せる静雄は、言葉の意味がわかっていなかった。なんでそんな辛そうな顔をして言うのか、今の状況さえよくわからないのに臨也の様子にさらに頭がぐちゃぐちゃになる。なんだか声を掛けるのも申し訳なくなってしまい、小さく「おい」と言うことしかできないでいた。
 そんな静雄を睨みつけて、少し呻き声を上げながらも上半身を起こした臨也は手を伸ばして胸倉を掴み寄せた。
「いつからそんな弱くなったのかな。君は」
 は? どういう意味だ。そう言いたげに顔を歪めている。しかし臨也は言葉の意味など説明せずに声を荒げた。
「殺せよ。早く殺して!」
「あ?」
 胸倉を掴んでいた手は縋り付くように静雄の服を掴んでいて、臨也の目もまた、縋りつくようなものだった。普段なら意味わかんねえの一言で殴り飛ばしているというのに、臨也の様子がそれをさせてくれなかった。ぐっと顔を歪めた静雄は力ずくで臨也を剥がして再びベッドに寝転がす。殴ることもできずやり場のない苛々に自分でも意味がわかっていないのか、臨也の上に覆いかぶさると至近距離でギリッと睨みつけていた。
「手出すこともできない人にすごまれたって、なんも怖くない」
「手前……殺されてえのか」
「だから、殺してって言ってんじゃん」
 言葉に詰まる姿を見て、臨也は嘲るように笑った。

 ――ほら、結局口だけだ。行動に移すことなんてできないじゃん。シズちゃんは人間だ。こんな弱い人間に尽くして、悩まされて、とんだ裏切りだ。

「……おい」
「なんもしないなら早く解放して」
「……できねえよ」
「……なんで」
 やっぱり、それに対しての言葉はなかった。その代わり静雄の手が臨也の頬に伸びて、そっと目尻に触れた。
「泣きそうな顔してんじゃねえよ」
「……君に言われたくない」
 まるで零れてくる涙を待つように目尻に添えられる指。臨也は指を嫌がるように顔を左に背けるが目尻から指が離れたものの、逃すつもりはないのか全身を使って抱きしめていた。居心地悪そうな臨也の顔など見るはずもなく、肩に顔を埋める静雄は臨也の思いだって知るはずなかった。
「……やめてよ、シズちゃん」
「……無理だ」
「っ……しずちゃんが、俺のこと見上げるとかやめてよ、俺、どうすればいいかわからなくなるじゃん……」
「臨也」
 臨也よりも上の人間なんて、たくさんいる。それは情報量だったり権力だったりいろいろだが、静雄のような、圧倒的な存在はいなかった。力だけで全てを解決してしまう、そのくせ臆病で優しくて、彼の周りには自然と人が集まっていた。そんな人間を、臨也は知らなかった。
 敵うはずない、すぐにわかった。自分の長所ともいえる情報力でどうにかできるような相手ではないし、力だってどんな兵器を使ったって、どうにも勝てる気がしなかった。それは、心の強さだって。
 唯一の一番だった。何度も対峙して決着つかずだったけど、臨也は自分が逃げていたことなんてわかっていた。
 そんな相手に、抱き着かれるなんて、こんな弱気な対応をされるなんて、唯一自分を見下ろしていた存在が実は見上げていたなんて、笑えやしない。
 ――見下ろしてくれる人がいないと、上には空しかない。
 ――高い所が好きだ。人を見下ろすのが好きだ。見下ろされるのは、嫌いだ。

 それなのに、なんだろうね。この喪失感は。
 なんでこんなに、胸が痛むんだろうね。

「殺そうとして、怖くなったとか笑えないよ、シズちゃん」
「ちげぇよ……。怖くなんかねえ。最悪だ」
「最悪なら、じゃあ早く殺して」
「お前がいなくなったら、俺ってつまんねえ人間になるなって、思ったんだよ」
 それだけだ。――シズちゃんの言葉が妙に胸に響いた。馬鹿、なんでそんなこと言うんだよ。馬鹿。馬鹿。そんなのこじつけた理由だろ。本当の意味は自分でもわかってないくせに。

 気付けば背中に腕を回していた。ベッドの上で俺達は啜り泣きながら、抱き合った。







1105030334







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -