今日はシズちゃんの日だよ。月日がしずおになってるから、シズちゃんの日。なんだよそれ意味わかんねえ。だからってなにがあるわけでもねえだろ。
 ――あるよ?

「今日は俺を好き勝手していいよ」
「あ?」
「シズちゃんの好きなようにしていいんだよ。なんでそんなこと許すのかって? 名前って偉大だから、ね。どんな意味が込められてるかなんて俺は知らないけど、自分の名前は一生の内で一番耳にすることになるんじゃないかな? 俺は、そういうのいいと思うよ」
「名前も呼ばねえで人間を愛してるだのほざいてる奴が言う台詞か?」
「それを言われても……。だってさあ、すごいと思わない? 一生聞けない名前だってあるんだよ。一生知り合わない人だってもちろんいるし。その中で俺はシズちゃんを知って、名前を数えきれないほど口にしてさ。大嫌いなシズちゃんを。それなのに大好きな人間は知らない名前の人のほうが多いなんて、なんか笑っちゃうよね」
「……お前は、俺のこと名前じゃなくてあだ名で呼んでるだろ」
 あはは、それに対してはさすがに苦笑いで返すしかなかった。
 今までたくさんの人間と出会って、まあ好きだからそれなりに楽しませてもらったけどもう昔の人のほとんどの名前を覚えてないんだ。顔だけがぼんやりと浮かんできて、でも名前は全然思い出せなくて、そのうちそういう人がいたってことすら忘れてしまいそうな気がする。多分。絶対。でもシズちゃんとは高校を卒業したって毎日のように会って喧嘩してでもたまに愛を囁き合って、よくわかんないけど切っても切れないような関係になってる。一人一人の人間を時間が経つごとに忘れる度にシズちゃんの知らない一面を知って、それを嘆くどころかその度に俺は歓喜に酔いしれていた。
 不思議だね。大嫌いなシズちゃんなのに抱き合えば心が温まるし、なんだか泣きそうになるんだ。胸が浮くようで、すごく痛いんだ。これが、幸せなのかな。いつかシズちゃんにそう問うた時があった。そしたら、幸せだなって答えられて、目の辺りがじんわりした。
 俺幸せ者なんだ。相変わらず毎日喧嘩するけどそれが楽しくてたまらなくて、キスして抱き合えば幸せで、俺はなんて満たされた毎日を送っているんだろう。
 静雄。忘れることなんてずっとない。むしろ一生呼び続ける名前かもしれないね。静雄って呼んだその日に気に入らないって言われたせいでまだ名前で呼べそうにはないけど、いつか静雄って連呼できる日がきたらいいなあ。それでね、シズちゃんは俺のことをノミ蟲じゃなくて臨也って呼ぶの。ずっとずっと毎日。そんなの幸せすぎて頭おかしくなりそうだけど、つまり俺はこの先もずっと幸せでいられるってことでいいかな。
「さて、なにしてほしい?」
「――名前、呼べ」
 場所は俺の家。ソファーの上で大股開いて座ってるシズちゃんに向かい合うように俺は跨がって、肩に手を乗せている。窓からは濃いオレンジ色の光が差し込んでいて、朝が来たことを告げた。右手でポケットから携帯を出して、時間を見れば四時二十分と表示されていた。
「静雄」
 いま名前を呼べば、辛くて壊れちゃうって思ったけど案外簡単に言えた。
 臨也、って返ってくると予想してたのに言葉はなくて強く抱きしめられる。苦しいって思うよりも、耳元で、掠れた声で臨也って呼ばれて体より胸が苦しくなった。ちくしょう、大好きだよ。シズちゃん。幸せだよ。シズちゃん。ぎゅっと背中に腕を回して俺も抱き着く。目から頬になにか流れた。あーあ、みっともない。顔見せることができなさそうだから、しばらく胸に埋もれさせて。煙草の匂いがたくさんする、静雄の胸。







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(おい、鼻水つけんな)
(最近花粉症気味なんだよ……)





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