「ぅ……」
 臨也が目を覚まして、まず視界に入ったのは木造で出来た低い天井。次に気付いたのは、ここは自分が明け方まで追いかけっこをしていたあの男の家じゃないか、ということ。
 静雄については全て知っていた。どこの家で、どんな内装をしてるのか、家具の位置だって全部把握している。しかし、なんで今自分がそこにいるのかがわからない。明け方やっと静雄を撒いて、新羅の家に治療に行ってから、新宿に帰ろうと駅に向かって歩いて、そして、そして――
「……自販機見てたら後ろからなんかぶつかってきたんだ」
 表情は呆れ半分だった。一晩追いかけっこしても満足しないのかあの男は。何かぶつけられたのは思い出した。頭に突き刺さってくる感じから恐らく、標識だ。そしてそれを投げつけて見事に自分の意識を奪った静雄は、なぜ、自宅まで連れててきたんだ。ここまでの経緯がわかったってその理由はわからないでいた。
「……生きてやがったか」
 臨也は痛むであろう頭を抱えてぼんやりと考え事をしているようだった。すると聞こえてくる忌ま忌ましい声に痛みとは別に顔を歪めて声の先を睨み上げている。
「……やあシズちゃん。最悪な目覚めだよ」
「俺だって最悪だ。ノミ蟲臭がぷんぷん漂ってくるぜ」
「じゃあ、なんで連れて来たりしたのさ」
 臨也と同じように不快に顔を歪める静雄は、その言葉にはあっとため息をついて頭を抱えた。
「わからねえよ」
「え?」
「俺だって、わからねえっつーの」
 予想していなかった返答に臨也は目を丸くする。静雄は気まずそうに視線を逸らして二度目のため息をついていた。
 ――ため息なんて、こっちがつきたい気分だ。
 つまり意味もわからず大嫌いな自分のことを家に持ち帰って、それで最悪な気分と言ってるわけで。
 臨也だってますます意味がわからなくなっていた。一晩しつこく追い掛けてきて、町中の標識やらガードレールやらを引っこ抜いて投げつけてきたくせに、一発当てれば意味もわからず連れて帰って。
「俺、監禁でもされちゃうのかな?」
「ばっ……! きめぇこと言うな!! んなことしてんならとっくに首絞めてるだろ!」
「だよねぇ……じゃあなんでこんなことしたんだか」
「……だから、わからねえって」
「こっちが聞きたいって顔されても。ねえ、帰っていいかな」
 困ったように笑って言う臨也に、静雄はギリッと睨みつけ「それは駄目だ」と強く言った。さらに意味がわからないと臨也は笑顔を消して、心底呆れたような表情になる。
 古びたアパートは今にも壊れてしまいそうだった。窓は、外の強い風に吹かれてガタガタと音を立て、すき間風がひゅうひゅうと部屋の中に入り込んだ。しばらく見つめ合った二人は、しかし臨也のついたため息にどちらともなく視線を逸らした。
「一体なんなの。それってつまり監禁じゃん」
「だから、違ぇっての」
「何が違うの。ここから出ちゃだめなんでしょ。俺は出たいって言ってるのに。これは立派な監禁だよシズちゃん」
 言葉に詰まる静雄に、これ以上話しても無駄だと言わんばかりに眉を寄せて、こじんまりとしたベッドから起き上がった。片足を伸ばして下りようとすれば焦ったように静雄が動き出し、臨也が下りるのを防ぐように覆い被さった。
「……だめだ、つってんだろ」
「……意味がわからないよ」
 至近距離で言葉を交わす。静雄は逃げ出したらただじゃおかねえと言うように険しい表情をしていた。臨也はそんな表情を前にしても、呆れ顔のままだ。
「なんなの?」
「知らねえ……」
 静雄も臨也も何がなんだかわからず、進まない展開のままだ。考えて答えを導き出すしかない。臨也は目の前にいる静雄を無視するように目を閉じた。
 ――もしかして、自分は情けでもかけられたのかもしれない。それかシズちゃんがびびったのか。どっちにしろ、なんだそれは。ふざけるなと言う感じだ。結局シズちゃんは化け物であっても人間。そんな中途半端な奴に中途半端に生かされて、不快な気分にならないわけがない。シズちゃんのくせに、弱虫。
 ぐるぐると回る考えに臨也は、ただただ歯をギリリと噛み合わせた。
「シズちゃんって、最悪だね」
 やっぱり呆れ顔は崩さない。でも、どこか泣きそうに歪んでいた。







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