次の日も懲りず池袋に行く。もうすっかり春だ。気温が下がることはなくて毎日暖かな風が吹く。気持ちいい、なんて思う心の余裕が今の俺にはなかった。自分が嫌で嫌でたまらないんだ。シズちゃんなんかのこと好きって言う自分なんて大嫌いだ。気持ち悪い。

 今日は、シズちゃんが追い掛けてくる気配はなかった。まあ昨日のアレだからね、追い掛けたいにも追い掛けることができないんだろう。それなら、俺のほうから行くだけだ。シズちゃんが今どこにいるか調べるなんてのは簡単すぎる。
 ――今日は東口方面にあるマンション、か。適当に近くのカフェで待ち伏せしてればいい。そう思いどこか合ってる場所はないか探している時、まさに求めていた人物が正面から歩いてきた。
「あっシズちゃん!」
「…………」
 笑顔で駆け寄る俺をチラリと見て、無視するようにスタスタ歩いて行くシズちゃん。その右隣を当然のように歩けば左側に寄りながら歩いて行った。なるほど、無視するって方法に出たか。暴力で解決しようとしないあたり、シズちゃんにしては冷静な対象に出たなあ。まあ構わないけど。どうせ、シズちゃんも俺のこと好きになるんだし。
「ねえねえ、今日はこの後なんもないでしょ」
「…………」
「昼、食べに行こう。俺が奢るよシズちゃん……間違えた。静雄」
「っ……名前呼ぶんじゃねえ!!」
「やっと反応してくれた」
 今だ、と腕に絡むとげっなんて失礼な声を出されて力ずくで振りほどかれた。構わない構わない。俺だってそういう声出したいくらいだよ。ていうか、ナイフ出したいくらいだよ。でもそれはできない。俺はシズちゃんのことが好きだから。ニコニコして好き好き言い続けないと、駄目なんだ。
「奢ってもらうの好きでしょ。しーずお!」
「はぁ!? 別に好きじゃねえよ。気持ち悪いっつーの」
「……おかしいな」
「あ?」
「なんでもないよ。ケーキ食べ放題の店が近場にあるんだ。ご飯もあるし、行こうよ」
「手前と俺で行く理由がわからねえな!」
「理由はあるよ。シズちゃんのことが好きだから」
 笑顔を張りつけたまま言えば、うっと息を詰めたシズちゃんは昨日同様固まってしまった。もう一度腕を掴めば解かれることはなかった。そのまま引っ張るように目的の店まで歩く。
 昨日のことがどこまで広まったのか、周りの人間は興味津々と言ったようにチラチラ見てくる。ヒソヒソ話す声に耳を傾けてみれば、折原臨也が平和島静雄に告白したって、本当なの? なんて驚いた様子だった。楽しいなあ楽しいなあ。こうして表立って噂にされるような行動はなかなかしたことがなかったから、周りの視線を独占するっていうのは結構に楽しいことだ。ちなみに、シズちゃんとの喧嘩は、もはや別次元だからカウントしない。

「静雄は、なに食べる?」
「……その呼び方、きめえっつってんだろ」
「あだ名で呼んでも嫌がるくせに。そうだな、じゃあ、先輩って呼んでほしいのかな」
「ぶっ、……はあぁ!!!?」
 ピンクの壁に可愛らしい装飾がほどこされた店内に馬鹿でかい声が響く。思わず耳を塞ぐ俺と同じように優雅にランチを楽しんでいたその場にいた全員が耳を塞いでいた。つまりそれほどシズちゃんの声がでかかったということだ。
「てっ手前……いい加減にしろ……! 何考えてんだ!」
「先輩のこと!」
「…………わかった。これは夢か。早く目覚めねえかな俺」
「おもしろいこと言うね。まあ君が夢って思っても思わなくても構わないけど、これは現実だから」
「夢だよな」
 俺も相当頭おかしいと思うけど、どうやらシズちゃんもおかしくなったようだ。現実から逃げる方向を選んだみたいだね。それが何よりも無意味で無駄っていうのに。ここは、さっさと現実受け入れて、俺のこと好きになってくれればいいのにね。そしたらようやく楽になれる気がするんだよ俺は。
「夢でいいから、せっかく食べ放題なんだしたくさん食べようよ!」
「そうだな。夢だからな。食うだけ食ったら目、覚めるかもな」
 ガタンッ、パイプで出来た椅子を鳴らして立ち上がるシズちゃん。ケーキコーナーに行って片っ端から一種類ずつ皿に乗せていく。そんな様子を横目で見つつ俺はパスタなどの主食を皿に盛りつけた。正直、甘い物は進んで食べたりしない。けど俺は二皿目に大量のケーキをごっちゃり取って席に戻った。
「いただきます。ていうかさ、ケーキしか取ってないよね。それじゃあすぐお腹空くよ」
「いいんだよ。俺は満足だ」
「いけないよ。はい、パスタ分けてあげるー!」
 空いてる部分にたらこのパスタを半分ほど分けてやり、ようやく昼食がスタートした。シズちゃんとこうして向かい合って箸を手に取るって、初めてかもね。高校の時は俺が新羅とドタチンと食べてればシズちゃんは一人だったし、シズちゃんが新羅とドタチンと食べてれば、俺は適当にその時の気分で過ごしていた。
 彼は、完全にこれが夢と思ってるみたいだけど残念ながら夢じゃない。夢って思って自棄になってくれたおかげで近付きやすくなったのは良かったから俺にとっては何一つ問題ないけどね。
「先輩は、そんな怖い外見して甘い物好きなんだよね」
「……夢でも、さすがにその呼び方は気持ちわりぃな」
「ひどいなあ。じゃあ、なんて呼んでほしい?」
「つーか呼ぶな」
「それは無理。だって君のこと好きだから」
「…………あー畜生。……いつも通り」
「ん?」
「いつも通り、呼べよ」
「は…………?」
 いつも通り、そう言って少し俯いた顔。怒鳴っていたものとは同じと思えない静かな声で言った。思わず耳を疑ってしまう。だって、え?
 なんでそんなこと言うんだろう。俺がいろいろと考えて、その通りにやってきたのに。
「……だめだよ。じゃあ、静雄くんって呼ぶ」
「……変な奴」
 俺が俺でいたらいけないなんてこと、それは当然のことだからこそ、シズちゃんって呼び方に戻すのはいけないし嫌いって言うのもいけない。少しずつだけど自分を変えていかないといけない。
 そうしないと俺が苦しいんだ、もう、限界だった。シズちゃんのせいだ。大嫌いで大嫌いでたまらない――シズちゃんのせいだ。







1104082323









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -