シズちゃん、シズちゃん。平和島静雄。君なんて嫌いだよ。大嫌いだ。なんで俺の目の前に現れたんだよ。いつも見つければ怒って追い掛けて、そのくせ俺以外の人間には不器用に笑って、ほんっと、気に入らない。標識引っこ抜くのはいいから早く死んでくれないかな。
 そうしないと、俺がおかしくなるよ。
「ねえシズちゃん」
「あ?」
 十二時ちょうど、俺達は六十階通りの真ん中で対峙していた。周りのどよめきと地面を焦がすような太陽。そして春一番が吹く中でシズちゃんに向けてナイフを構える。標識を薙刀のように持つシズちゃんは、相変わらず額に青筋を立ててサングラスを外して覗く瞳で睨みつけてきた。
「ねえ」
「んだよ!!」
「君は、俺がナイフを投げると同時に標識を投げるだろ。でも、もし俺がここで、ナイフを投げるんじゃなくてシズちゃんに愛を告げたらどうする?」
「はぁ? 何言ってんだ手前」
「つまり、好きだよ。シズちゃん!」

 周りのどよめきが、一気にシンと止む。シズちゃんも怒ったままの顔で固まって、両手で構えていた標識をガシャンと音を立てて地面に落とした。まるで、時間が止まったように誰一人動かない。街には今年ヒット間違いなしの春の歌が流れるだけで、草木が揺れる音すらしなかった。
「ちょっと、聞こえた?」
「……待て。待て。どういうことだ。落ち着け」
 落とした標識を拾って、両手で抱きしめながら人だかりでドーナツになってる真ん中をぐるぐると歩き回っている。抱きしめている標識はビキバキ音が鳴ってヒビが入っていた。あれ、そろそろ折れるんじゃないかな。
 静まり返っていた周囲の人間もぽつりぽつりと上がる疑問の声に反応するようにざわざわ騒ぎだした。また、強い風が吹いて木が揺れた。
「シズちゃんは好きって意味がわからないのかな? そうだなぁ、愛してるって言えばいいのかな」
「……おい、お前、愛してるの意味わかってるのか」
「もちろん。ラブだよね! 人ラブ!」
「……頭イカれたか……?」
 両手を広げて空を仰ぐ俺を見て、まだ現状が把握できていないらしいシズちゃんはげんなりとした顔をして弱々しく声を出した。俺のこと、おかしい奴を見るような目で見ないでよ。
 自分が言ってることを理解できてないわけじゃない。十分にわかってるさ。俺が人間に向ける気持ちを化け物のシズちゃんに向けてるなんてことくらい。それも、今まで一切個人に注ぐことはなかった愛を、シズちゃんに注いでるってね。
 俺はシズちゃんが好きだ、大好きだ。心の中で自分に言い聞かせるように何度もその言葉を往復する。よし、大丈夫。小さく頷いて俺はもう一度口に出した。
「シズちゃん! 愛してるよ!」
「……だ、か、ら、おかしいぞお前! 頭打ったのか。こういうのはもう一度打てば治るモンだよな。よし、そこでおとなしくしてろ」
「あっはは、残念ながら俺は正常だよ。っと、危ないなあ」
 標識を振りかぶって勢いよく縦に下ろしてくるのを左に一歩飛んで避ける。地面は標識によってへこんでヒビが入っていた。さらにさきほど抱き締めたのが聞いたのか、標識がバッキリと折れた。また借金増えちゃったねシズちゃん。
「避けんな! 当たれ!」
「やだね。俺おかしくないから」
「おかしいだろお前。じゃあなんだ? 変なモン食ったのか」
「違うってば。なんでそんなこと言うの。俺の、どこがおかしいの?」
「…………マジ、かよ」



「ただいまー」
 新宿の事務所に帰る。おかえりなんて言ってくれる優しい秘書がいるはずもなく、そこには黙々とパソコンに向き合う波江の姿があった。あは、こっちも相変わらずだ。苦笑いするとチラリと俺に視線を向けた波江が、すぐにまたパソコンに戻してぽつりと言った。
「白昼堂々、池袋のど真ん中で平和島静雄に愛の告白をしたんだって?」
「おや、君の耳にも入ってるなんて。もうそんなに広がってるの?」
「粟楠会と明日機組にもとっくに届いてるでしょ。ややこしくなるわよ」
「いいんだ。事実だからね。俺はシズちゃんが好きなんだよ」
 仕事用の椅子に座ってくるくる回す。窓からは水色の空とはっきりしたビル群が見えた。
「……あなた、どうしたの?」
「みんな俺がおかしくなったみたいに言う。違うのに」
「仕事に支障をきたさないなら、いいけど」
 多少の驚きはあったようだけど、自分の聞きたいことは聞いて満足したのか、やっぱり弟以外に興味がないのか、どうでもいいという顔をして仕事の集中に戻った。
「みんな、相変わらずだねぇ」
 椅子を回して新宿の街に体ごと向ける。――自分がおかしいっていうのは、自覚がある。いきなりシズちゃんのことを好きと言えば俺達のことを知ってる誰もが驚くだろう。そんなこと、わかってる。俺だって自分が気持ち悪くてしょうがない。シズちゃんに対して好きって言うなんて背筋に寒気が走る。でも俺は言わないとずっと辛い思いのままだ。
「――明日も池袋に行くよ」
 結局今日は取引の時間が迫っていたせいで固まったシズちゃんをそのままに池袋を出た。あの後彼がどうなったのかは知らない。あのまま一日中呆然としてるか、暴走したか。
 なんでだろうね、楽になるために好きって言ったのに、今苦しくてたまらないんだ。







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