※温いですが暴力・流血表現あります。どんな展開でも許せる方のみどうぞ。










 出会ったのは高校。毎日のように喧嘩をして、顔を合わせれば追いかけて、ムカつくその面をボコボコに殴ってやろうと思った。ただ、あいつは逃げ足は早いし直接手を出してくることはなかなかないことだった。だから捕まえることは困難で、それがまたイライラを増幅させた。
 そんな高校時代が過ぎて大人。あいつは新宿に引っ越した。高校も終わったし、これでもう顔を合わせることはないだろう。
 と、思ったのに。ノミ蟲野郎はうざってえほど池袋に来やがった。そのたび俺はもちろん追いかけるし公共物を投げるし、その場に居合わせた人間にとっちゃあいい迷惑だ。でも周りを気にする余裕なんてなくて、一心に臨也を狙った。



 桜の舞う春、穏やかな風に吹かれながらその日もまた、臨也を追い掛けていた。
「池袋に来んじゃねえ! ノミ蟲野郎!!」
 逃げる背中を追い掛ける。その背中は、もう見慣れた黒い姿。学生の頃から何一つ変わってねえ。ぴょんぴょん跳ねてあっちこっちに走り回って、俺はひたすらにそれを追って。でもその日はなんか違った。少し、疲れてるような、そんな様子がチラチラと見えた気がする。人気のない住宅街まで来ると、アパートとアパートの間の細い路地に臨也が逃げ込んだ。
「待ちやがれ!!」
 姿を眩ますつもりか、そうはいかない。今日こそ二度と池袋に来れねえ体にしてやる。
 ――そう思って、何年も経ってるけど、今更だ。いちいち気にしてられねえ。
「臨也ッ!」
 路地裏に入ると、光がぼんやりとしか届かない奥にうずくまった臨也がいた。地面に尻ついて、片膝を抱えて呼吸は荒い。頬は、ピンクに染まっていた。
「……なんだ、へばったのか。ハッ、情けねえな」
 そう言う俺も、小一時間追い掛けていたせいでだいぶ息が苦しいが、こんなの数分すれば落ち着く。
 ジャリと砂を踏み締め、臨也に近付く。やっと追いつめた。今までの恨み全部込めて殴ってやる。
「…………あ?」
 だけど、殴りに掛かるはずの手は動かなかった。近づいてわかった、臨也は庇うように右足を抱えていた。そして、そこからは黒いズボンを濡らし、真っ赤な血がドクドク溢れていた。地面に、血だまりができている。
「おい、お前……」
「ったく……シズちゃんったら容赦ないんだから。追い掛けてる時、気付かなかった? 俺が走った道辿ってんなら、血の跡が続いてることなんて、普通わかるよね。ああでも、だからって手加減してくれるはずないか」
 そんなの、気付かなかった。追い掛けてる時、俺は臨也の姿しか見えていない。血の跡なんて、目の端にさえ映った覚えがなかった。
「本当だったらさっさと撒いて新羅のとこに寄るつもりだったんだけどね。まさか追い詰められるなんて」
「足、どうしたんだよ」
「話す義理はないね」
「はっ、だろうな。いいぜ、楽にしてやるよ」
 なんでこんな奴相手に、手を止めたんだ。怪我ってハンデがあろうと関係ねえだろ。これはチャンスだ。長年散々なことをされたツケを返すチャンス。
 Vネックを掴み上げ、無理矢理立たせる。苦しそうに呻く声を聞いて気分は高揚するのにすこしだけもやもやした。構わない、
 殴ろう。
 バキィ、骨でも折れてていそうな音を立てて頬を容赦なく殴った。勢いで地面に滑った臨也は、がはっと咳込んで口から血を吐いていた。ぐらりと起き上がろうとしていたけど、腕に力が入らないのか、すぐにドシャリと崩れた。
「ざまぁねえな」
「っ…………」
 声すら出せないのか、ぐっと顔を歪めるだけでなんの嫌味も返ってこない。
 このくらいじゃまだ足りない。学生の頃からずっとこうしたかったんだ。きっと、何発殴っても足りねえ。
「おい」
「ぐ……はっ、なん、だい?」
「死にたくねえなら、謝れよ。今なら間に合うぞ」
 こういうところが、自分でも甘いってわかってる。臨也みたいな奴生かす価値なんてねえし今までされたことを思い出せば消しても俺は責められるところなんて何一つない。でも、こういう場面になって、こいつにもまだ同情できる部分があるんじゃないかって、思っちまう。
「……ばかに、しないでよね……っ、ムカつく」
「……そんな口聞いていいのか」
「謝るくらいなら、死んだほうがマシだね」
 ――ああ、やっぱりこいつは救いようがねえ。一瞬でも同情の余地を信じた俺が馬鹿だった。ならば望むままに殺してやろう。手を伸ばしたその時、臨也は再び口を開いた。
「ねえ」
「…………あ?」
「どうせ、死ぬなら、抱かれたい」
「……どういう意味だよ」
 痛みに眉を寄せているのだろう、それでも目を細めて、笑って、臨也は弱々しい声で言った。
「こういうっ……意味だよ!」
「うぉっ!」
 いきなり起き上がった臨也が肩を押してきた。どこにそんな力残ってたんだと言ってやりたい。でも、背中から倒れた俺の上に乗ってきた臨也に口を塞がれてそれを言うことはできなかった。
 ……は? なんで?
 俺今、臨也にキスされてんのか?
 あまりにいきなりのことで疑問を持った、が、すぐにわかった。近くにある顔、咥内に伝わる鉄の味。舌でつつかれて思わず口を開けば直接舌と舌が触れ合って、臨也の血を味わうことになってしまった。
「っ…………お、い!」
 胸を押して無理矢理離すと、至近距離に臨也の欲情しきった目と視線が交じった。キスしていた口からは熱っぽい息が掛かって、ゾクリと背筋が震える。
 ――動けない。指一本、動かない。
「っ手前……何飲ませやがった」
「毒だよ。毒。……多分シズちゃんでも、もって三時間かな」
「お前っ……!」
「キレないでよ……俺も、ほら」
 目の前で、コートのポケットから小さなポリ袋を出した臨也が、その中に入っている白い錠剤を口の中に、放り込んだ。
「お前……何して」
「俺は、もって一時間かな。……さてシズちゃん」
 再び俺に顔を近付けてきた臨也が、苦しそうに顔を歪めて、荒い息交じりに言った。
「お互い、残された時間でどれだけ気持ち良くなれるかな?」
 この時思ったのは、なんで俺だけに飲ませるんじゃなくて、自分も飲むんだってこと。
 あと三時間、それだけ時間があれば臨也なら逃げられただろうに。なのに、なんで。







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