九十九屋真一は人間じゃない。
 臨也は、けだるげにそう言った。その顔は徹夜で疲れていて隈がよく目立った。この男、仕事もせずチャットに張りついていたくせに俺は頑張ったとでも言うように力無くベッドに横たわった。
 もう朝の七時だ。あと少ししたら冷たく優秀な秘書が来るのに眠ろうとするなんてこいつは馬鹿か。怒られたって、当然のことだから庇う言葉も浮かばない。考えを巡らせながら目の下の隈を見つめているとすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。ああ、本当に寝た。今日の仕事はどうするつもりだろう。それより秘書の怒りが――
 プルルル プルルル
 音のない静かな空間に、いきなりけたたましく響く着信音。臨也が持っている携帯の一つだ。眠りに落ちたはずの臨也はがばりと勢いよく起き上がってベッドサイドのテーブルに置いてあるそれを手にした。

「……おい」
『おはよう折原』
「なんで電話番号知ってんだよ……いくら変えても掛けてきて……」
『一応、情報屋だからな』
「あっそ。で、なんの用だ。さっきまでチャットで話してたのに」
『もうすぐ秘書が来る時間だろ。寝るなよ』
「――……」

 電話の相手の言葉を聞いて、臨也は弾かれたように頭を上げ部屋をキョロキョロと見渡した。ほとんどなにもない部屋だ。ベッドと小さなテーブルが妙な存在感を示していて、小さな窓からは白いカーテン越しに太陽の光を部屋に差し入れている。ここはただ寝るためだけに用意されたような部屋だった。

「どこだ」
『なにが』
「監視カメラ。仕込んでるだろ。お前、気持ち悪いぞ。ストーカーか」
『自意識過剰だな折原は。監視カメラなんてなくとも俺には折原の行動が手に取るように解るんだよ。監視カメラなんてそんな、人のプライベートの空間に目を付けることを俺がすると思うか?』
「ああ。思う。お前のことだから、この部屋に軽く100台は仕込んでるんじゃないか」
『折原の中で、俺は酷いイメージだな』
「実際そうだろ」

 苦笑いが電話先から聞こえた。臨也は一度大きなため息をつくと観念したようにベッドから出て歩き出した。電話はしたままだ。
 いつもスタスタ歩いているのに今日は足取りがふらついていて不安定だ。当然のことだろう。ベッドに入る数分前まで、臨也はずっと徹夜でパソコンをしていたのだから。さっき言った通り、それは仕事ではなくチャット。楽しそうにしていなかったところを見ると、甘楽ではないのだろう。臨也は色んなチャットをやっているがどれも顔に笑みを浮かべながら、楽しそうにキーを押し画面を見つめていた。しかし一つだけ、相手の発言がある度に苦い顔ばかりしているチャットがあった。そこは、折原ともう一人、合わせて二人だけの場。延々とやりとりをする相手の名前は――

『あ、折原。もうすぐでお前の事務所に訪問客が来るぞ』
「訪問客?」

 洗面所で顔を洗い終え、適当に髪を整えた臨也がいつもの位置に座る。雲一つない空に、新宿の街を見ながら電話を続けていた臨也は九十九屋の言葉に頭に疑問符を浮かべていた。なんのことだ、小さく呟いてデスクの上に散らばっている書類をかき集めて一つ一つに素早く目を通している。

「……!」

 しかしタイミングを見計らったかのようにインターホンは鳴った。

「誰だ……いや、もしかしたら波江さんが鍵忘れたとか……」
『あ、ちなみにお前の秘書は今日仕事休みになったから』
「――は、はあ?」

 さっきは秘書が来る時間だぞと言っておきながら今度はこの言葉。臨也はデスクと扉までを行ったり来たりして戸惑った様子を見せる。不審に玄関を見つめてから、エントランスホールが映る画面を見つめていた。そこに、人影はない。

「玄関の前にいる……?」

 覚悟を決めたのか、ポケットに仕込んであるナイフを手に握り、玄関へと向かった。
 微妙な重い時間は一瞬で、扉の前に来ると臨也は一思いにガチャリと開いた。それと同時に突き出すナイフ。何故覗き穴を確認しなかったのか疑問に思ったが臨也の緊張した表情を見て焦っているのだと納得がいった。
 開かれた扉の先に立つのは、一人の男。

「……誰?」
「はじめまして、だね。九十九屋真一だ」

 その名前は、臨也が、二人でチャットをしている相手の名前だった。驚いたように見開かれた真っ赤な瞳には、片手に携帯を握った、九十九屋真一の妙な笑顔が映し出されていた。







1102162237



続きます





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -