俺は一人だし、シズちゃんも一人だった。だからこそ俺とシズちゃんは惹かれ合ったのだろう。お互い似ているからこそ相手の気持ちが理解できて、まるで傷を舐め合うように一緒にいた。
唯一注がれる愛というのは心地好いものだ。シズちゃんは、不器用ながらに俺のことを大切にしてくれて愛してくれて、俺だって全人類に注ぐそれとはまったく別のものをシズちゃんだけに与えた。
二人だからこそ、幸せだったのだ。なにも気にすることなく違和感なくお互い側にいられた。
高校に入学してからずいぶん経った、二月の冬。俺とシズちゃんは変わらず満たされた日々を送っていた。付き合い出したのが六月頃だからかれこれ半年以上は付き合っている。これからもずっと二人だけのハッピーな生活が続くと思ってた。絶対に、続くはずだった。
「ねむ……」
クラスが違う俺達は、相手が自分の教室でどんなふうに過ごしているのか知らない。まあどうせ、一人でいるんだろうけど。俺も基本一人だ。しかし、席替えで窓際の席に移動して知った、俺の知らなかったシズちゃんの姿。
この教室からはグラウンドが見えて、よく体育をしている生徒の声が聞こえた。授業に集中するつもりもないので何気となしに窓の外に目を向けると、目立つ金髪が。ちょうどシズちゃんのクラスが体育のようだ。サッカーで、試合中みたいだけど、シズちゃんがシュートなんてしたらゴール破壊しちゃうよね。
せまりくる眠気に耐えながらぼんやりとそんなことを考えていたのだけれど、試合を終えた(結局シズちゃんはなにもしなかった)シズちゃんがコートから出ていく際に、同じチームの男に肩を叩かれていた。そしてその男となにやら言葉を交わしながら一緒にコートを、出て行った。
…………は?
……なに今の。てか、誰あの男。
ていうか、シズちゃん、 一人じゃないんだ。
ズドン、と頭になにかが落ちてきたような気分だった。うまく回らない。考えることが、できない。だってさ、なんで! シズちゃんなんで! 俺達一人じゃないの? クラスでいつも一緒に行動するような、そんな友達なんて、いないよね? さっきのはただ同じチームだから、
いや、でもシズちゃんに話掛ける時点でびっくりだ。それに初めて話しましたって感じじゃなくて結構仲良さそうだったし……なになに。なんなのあれ。……気に入らない。
「ねえシズちゃん」
「あー?」
昼。屋上でいつものように昼食をする。俺は自分で作ったものを、シズちゃんは購買で買ったものを。
池袋の街を眺めながらなんの違和感もなく、ほんっとうに自然にシズちゃんに聞いた。
「クラスでさあ、仲良い人っていんの?」
「あ? あー、仲良い奴……っつーかよく話す奴はいるな」
「……ふーん。意外」
「お前こそ、誰かいんのかよ」
「え、……あ、あー、うん。いるよ。いるに決まってんじゃん。俺人気者なんだから」
「……そうかよ」
「…………」
「………………」
……なんだろうこの微妙な空気。なんか、気持ち悪いかも。今まで俺とシズちゃんがこんな重い空気になることはなかった。ていうか、どうしてシズちゃんが無言になるわけ。仲良い人がいるってことに、否定がなくてムッとしてついつい嘘ついちゃったけど、それもこれも全部シズちゃんが悪いじゃん。一人だと思ってたのに、まったく裏切られた気分だ。
今日の昼は、微妙な空気のまま言葉もなく弁当をつついて終わってしまった。
「やっちゃったなあ……」
午後の授業にもまったく身が入らなくて、もやもやした気持ちを抱えたまま学校は終わった。昼は先に食べ終わったシズちゃんが無言で立ち上がって屋上から去っていってしまったのであった。あの行動からして一緒に帰るとかないよね……。付き合ってから、毎日一緒に帰ってたのに。
とぼとぼ歩きながらシズちゃんのクラスの前を通る。チラッと教室に視線を向けると、
そこには、体育の時に一緒にいた男と話してるシズちゃんの姿があった。
「っ…………」
駄目だ。耐えられない。
モヤモヤが爆発して俺は教室の中へ足を踏み入れた。シズちゃんと話してる男に勢いよく近づき襟を掴み上げる。俺よりも全然背が高いから持ち上げることもできず見上げる形となってしまうけど。ただ見上げるだけではなく睨み上げて、周りの目も気にせず叫ぶ。
「シズちゃんは! 俺のものだよ!!」
驚いたように目を開きポカンと口を開けた男を突き放してシズちゃんの横を素通り教室から走り出す。やってしまった! でもいいすっきりした。でもシズちゃんの顔見れない。話したくもない。恥ずかしいから。廊下を走り抜けて靴箱まで行き、急いで履き変える。臨也! という俺を呼ぶ声のあと破壊音が聞こえ続けたから追い掛けてきているのだろう。早く逃げないと。
「待ちやがれ臨也!!」
「げっ、もう来た!」
めちゃくちゃに靴を履いて再び走り出す。しかし遅かった。ガシリと腕を掴まれ引っ張られる。一度掴まってしまえば抵抗しても無駄だ。しかしなにもしないのも嫌なので暴れると、体を肩に担がれてしまった。
どこに連れて行かれるのか背中に汗をかいていると、昼にいた屋上に連れて来られた。放課後は解放されていないのでもちろん誰もいない。鍵が掛けられていたというのにシズちゃん、壊しやがった。
「なに、なんなの!」
「お前、さっきのあれなんだよ」
「なんでもいいでしょ!」
「よくねぇ!」
肩から下ろされ、今度は壁に押し付けられる。顔が近いから少しドキドキしてしまった。……ちくしょう不本意だ。
「お前……門田に嫉妬したのか」
「門田? ああ、あの人の名前? 嫉妬しましたよなにか悪いですかー!」
俺の言葉を聞いた途端、シズちゃんは俺を抱きしめてきた。いきなりのことに頭が回らない。え、なんで、なんでこんな展開になってるの?
え?
「ちょ、と……シズちゃん」
「俺だってな、嫉妬したんだよ」
「は……?」
「人気者? ふざけんな。お前は俺のものなのによ」
「あ……」
それ、嘘。とは言えるはずもなく体を固める。
つまりシズちゃんが無言になったのは嫉妬したから? なにそれ、嬉しい、しかし嘘という罪悪感もある。
俺達はお互いに嫉妬し合っていたということか。ほんと、似た者同士だなあ。
シズちゃんの背中に腕を回す。
やっぱり俺達は二人きりのほうがいい。誰とも関わらず、二人だけでいるのが一番いい。
なかなかそうはいかないけど、同じ気持ちならわかるだろ。
――これからは、誰とも関わりたくない。ってね。
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