「シズちゃんは、心がないのかな」
「……あ?」
短くなった煙草を地面に落として踏みつけてるシズちゃんに、立ち上がらずに目線を逸らしてから問い掛けた。問い掛けるというよりも、俺は独り言のつもりであったが、問い掛けるような形となってしまった。
怪訝な声を洩らしたシズちゃんからは、反応はなく、くだらなく間違ったことを言ってしまったと少し後悔した。なんでシズちゃんといて、気まずくならないといけないんだ。
やっぱ家に帰ったほうがよかった。俺とシズちゃんはここで話すべきじゃなかった。俺が変な質問をしたことがいけなかったのだけど。
だって、ね。シズちゃんと俺は似てるから、こんなに辛い思いをしてなんで表に出さずにいられるんだろうって考えたら、心がないとしか思えなかった。心の内に留めて耐えられるはずがないだろう。
「心がないのは、手前だろ」
「は、笑える。シズちゃんは俺のことそう思ってるんだ」
「違えのかよ」
「違うって言ったって、信じてくれないよね」
それに返答はなかった。チラ、と空からシズちゃんに目線を向けると、眉間に皺を寄せて口を一に結んでいた。なにを考えているのか、俺の今の言葉につっかえるものがあるのか、
結局俺にシズちゃんはわからない。同じなのに、心までは同じじゃない。それを不平等と嘆くべきか、違うところがあって良かった、と喜ぶべきか、俺にはわからなかった。今度、誰かに聞いてみよう。
会話は終わってしまったのか、それからシズちゃんの反応はなかった。俺はだんだんどうでもよくなって(考えることに疲れて)眠くなってきた。寒いはずの屋上はライターに点された火のおかげか、少しはマシになった気がしてきた。寝て いいかな眠い。眠い、
「お前の考えてることがわかんねえよ」
最初、いきなりなにを言い出すのかと思った。終わったはずの会話は、まだ続いていたようだ。
俺の考えがわかんない? その言葉、そのまま返すよ。俺は、シズちゃんがわからないよ。
俺以上にわかりやすい人間なんていないと思うけど、シズちゃんって鈍いのかな。逆に君ほどわかりにくい人間はなかなかいないと思うよ。そんな君に、わからないって言われるなんて、おかしいね。笑えないけど。
「俺は、感情のままに生きてると思うけど」
「嘘ついてんじゃねーよ。お前がいつ、素直に生きた」
「今までも、今も」
「忌ま忌ましい笑いしてる奴が言うか」
「誰が? 俺はいつも素直な表情してるよ」
「自分の顔鏡で見てみろ」
俺が性格作ってるとでも言いたいような喋り。うざい。なんでよくわからないシズちゃんにそんなことを思われるのか。シズちゃんが言ったことは全部シズちゃんに対して俺が抱いてる思いでもあって、ますますわからなくなる。
なにもやる気がしなくてイライラして寂しくて辛くて泣きたくてごちゃごちゃで本当は理解してほしいのにしてもらえなくて、
俺は地面に音を立てて手をつき立ち上がればすぐに足をズカズカと動かしてシズちゃんの元に寄ると、胸倉を掴みフェンスに押し付けた。
眉間に力を入れて歯を噛み合わせ、思いっきり睨みつけて雪崩のように言葉を浴びせかける。
「シズちゃんに俺のこと説かれるとか最悪! 気分悪い俺のことなんにもわかってないくせに勝手に考えて決めつけて俺がどういう思いして過ごしてるかわかる? わからないでしょ。わかろうともしないくせにうざいんだよ馬鹿!」
目を見開いたシズちゃんからは、反応はなく俺は一人はあはあと息を荒げていた。そして、一気に脱力してシズちゃんから手を放すと、気に入らないことに目の前の体に倒れ込んでしまった。
苦しい。呼吸がうまくできなくて苦しいし辛いよ。こんなに辛かったこと、今までなかったよシズちゃん。
「君さえいなければ、君みたいな人知らなければ、俺は楽なはずだったのに」
自分勝手なのは俺だし、俺はシズちゃんと同じだから、俺自身のことも嫌いなんだ。俺自身に苛立って、目の前の俺にイライラをぶつけて、すっきり……はしなかった。余計に虚しさが増して息がしにくくなった。
何か言われるのかなと思いつつどうでもよく考えていたら、何も言葉はなくて、背中に腕を回される感触だけがあった。
なにこれ、ますますわからない。
俺がめちゃくちゃに自分の感情を曝したってシズちゃんのことは何一つわからない。
この腕は同情なのか無意識なのかさえわからない。ただ、冷たい風が吹く中で妙な温かさを含んでいて、ライターの暖かさを忘れてしまうほどに熱を含んでいた。
「……はあ……辛いよ
シズちゃん」
返事はなかったが、耳のすぐ側にあるであろうシズちゃんの口からは、「やっと泣いた」という声が微かに聞こえた。
俺今、泣いてるんだ。確かにシズちゃんのワイシャツが濡れていく感覚がある。笑っていたつもりだったのに。
そんなことにも気付けていない俺は、もしかして今まで自分の感情出していたつもりが出せていなかったのかもしれない。隠していることは隠しきれていなかったのかもしれない。
自分のことをわかっていなかったのは、自分だったんだ。
きっとシズちゃんも、自分の感情を表現しているつもりが表せていないのかもしれない。やっぱり俺達は、似た者同士だ。
ずっとずっと、自分の居場所はないと思っていた。でも、あったんだ。俺達は、一人で、不器用で、ここしか居られる場所はないんだ。
やっと見付かった。ここが俺の居場所だ。
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