臨也が俺の家に来た時、毎晩寝る前に、必ず言われる言葉がある。
「セックスしよう」
誘うような、でも緊張した声。
なんで臨也はセックスしたいのか俺には解らなかった。俺は、問われたら毎回同じ返答をするのに。
それでも変わらず臨也は同じ言葉を掛ける。
だって、セックスすることになんの意味があるのだろうか。欲をぶつけ合って、お互いすっきりして? そんなの、俺にとっては意味のない行為だった。
いや、意味はあるのかもしれない。
でも俺は、臨也を性欲の対象にするのが絶対に嫌だった。
欲に任せてめちゃくちゃに抱いて、臨也との関係が変わるのが、怖かった。
今のままの関係が一番いいに決まってる。
お互いを深く知らず、純粋に好き合ってキスして抱き合って。それだけで充分だった。
きっとこれ以上のことを知ったらいけないと思う。知らないほうがいいことなんてたくさんあるのだから。
そう思うからこそ、俺は臨也のことに関して何一つ調べたりしなかった。
どんな取引相手と仕事してるのか、どんな内容なのか、交友関係は。
もちろん気になるに決まってる。けど、調べない。
知って、もしも嫌なことがあったら俺は臨也の顔を見る度、臨也の声を聞く度、そのことを思い出してしまうだろうから。
知らないからこそ何も気にせずやっていけるし、臨也を純粋に好きでいられた。
「…………」
朝、今日もまた、一人分穴の空いたベッドで目を覚ます。
テーブルの上を見たらそこにはいつも通りの書き置きが残されていた。
ずっと成長しない雑な字、同じ言葉。これが始まった時からずっと変わることはないけどそれが良かった。
それを一枚も欠かさず取っておいて、紙切れが集められてる引き出しの中はなんともひどいものである。
しかし俺はそこを開く度に幸せな気持ちになって、自然と笑みが零れていた。
どんなにギリギリの朝だって、どんなに怠い気分の時だって、髪の毛がはねたまま取引に向かう日だって、これだけは必ず書いてくれていた。
俺が触るのすらもったいないと思うほどに俺にとっては大切なもので、欠かすことのできないものだ。
このままの関係でいい。小さなことを当たり前のことを幸せと感じるこの関係がちょうどいい。行き過ぎれば、崩れるだけだ。
俺は無理なことだとわかっていても、マイナスの面でもプラスの面でも、一生変わらないでいたいと思っていた。
「ねぇシズちゃん」
「……なんだよ」
「セックスしよう」
「しねえ」
「今日もまた、か」
書き置きの言葉通り、臨也は今夜も来た。その顔は明らかに疲れていて、顔色も良いとは言えない。
それでもここに来て、機械のようにその言葉を口にする。
なんでそんなに望むんだ。
形にしなければ不安なのだろうか。それとも、ただ単に欲を解消したいからか。
男だから、溜まるもんは溜まるしそれは仕方のないことだろうけど、俺は一人で抜いて満足できてしまう。
その時だって臨也を思い浮かべることはしなかったし、ほかの誰かを浮かべるなんてことももちろんしなかった。ただ手を動かすだけの行為。
自分の欲で臨也を汚したくはない。臨也を、大切にしたいからこそだ。
「俺達は、いつになったら変わるんだろうね」
「…………変わらねえよ」
「シズちゃんはさぁ、俺の気持ち、考えたことある」
それならお前だって、俺の気持ちなんて考えようとしたことないだろ。
臨也の気持ちは、何度だって考えて理解しようとしていた。だけど解らない。俺には、臨也の考えが解らないから、理解するまでに至らない。
きっと臨也も同じだろう。考えたって結局解らないんだ。
互いに理解してほしいと思いながらもそこに踏み出す段階が解らないまま。
だからこそすれ違ってしまうのかもしれない。
けど、もしも話し合って、互いの考えを知ったら、その時こそ本当に関係が変わってしまうかもしれない。いいも悪いもなく、全部言ったら終わってしまうような気がした。
ああそうだ、体だけじゃない。俺達はいつの間にか、心まで交わることまで許されなくなっていた。交わったら、きっと、すべて消えてしまうから。
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