シズちゃんと付き合うようになって、一緒にいる時間が長くなって分かった。
俺は、シズちゃんの側にいるべき人間ではないと。
そんなの昔から知っていたことだ。力はあれでも、性格とか周りの環境とか感性とか、それは全部普通の人間と変わらないものなのだから。
俺といたらシズちゃんは変わってしまう。足を踏み入れるべきではない世界に踏み込んで、抜け出せなくなってしまう。
俺のせいでそんなことにはさせたくなかった。
まだ喧嘩してる頃ならどうにでもなったって、、死んだって良かったのに。
今はシズちゃんが大切で大切で、シズちゃんが変わってしまうのが怖くてたまらなかった。
馬鹿だな。こんなことになるなら、嫌い合ってる関係のほうが全然楽だった。お互いのことなんて消えてほしくて、目障りで仕方なくて、
でも、いまさらそんなこと思ったってどうにもならない。俺はシズちゃんを好きになって、そしてシズちゃんに愛されてしまったから。
「こんなこと思ってる時点で、もう終わりかな」
「……それを俺に話すか」
はぁ、と大きなため息をついてシズちゃんはベッドから立ち上がった。
どこに行くんだろう。目で追っていると台所に行き、換気扇を回して煙草に火をつけていた。
そうだ。シズちゃんは俺の隣では煙草を吸わない。肩を並べて歩いてる時だって、今みたいに同じベッドで目覚めた時だって、絶対にシズちゃんは俺から離れたところで煙草を吸っていた。
煙草はシズちゃんの香りだから、俺の服につけてほしいのに。
そんなに俺に気を遣わなくたって、優しくしなくたっていいのに。
そういうことをされるから、俺は複雑な気持ちになって、シズちゃんが俺を特別扱いする度に辛くなるんだ。
シズちゃんの人間らしいとこや、今まで知らなかったところに触れるとより感じてしまう。
やっぱりシズちゃんと俺は、違う世界の人間なんだなあって。
「お前よぉ、間違ってもふざけた判断するんじゃねえぞ」
「ふざけた判断って……例えばどんな?」
「俺から離れるとか、死ぬとか、お前ならやりかねないからな」
「あー……シズちゃん被害妄想激しー。するわけないじゃん」
「それならいいけどよ……」
今まさに、それを考えてましたってところで正直びっくりした。
動揺に気付かれてないようで良かったけど、そういうことをするっていうのは見抜かれてるし……やっぱりシズちゃんってカンだけはするどいから、そこは厄介で困らされる。
「そんなこと言って、シズちゃんが俺に別れようとか言い出したら……どうしようかな」
「俺は言わねえよ。そんなのお前が一番分かってんだろ」
「……ずるいなぁ」
俺とは全てが正反対の人間と俺が付き合っていいのか。
シズちゃんが優しくて辛い。
そんなことを考え出してから何時間、何日、何ヶ月。どれくらい経ったかはよく分からないけど、頭から離れた時は一時だってなかった。
むしろ考えは深まっていくばかりで、俺はもう抜け出せないところまできているのかもしれない。
一緒にいて疲れるなら、それはもう付き合ってる意味も一緒にいる意味もないんじゃないか。
終わらせたほうがいいのかもしれない。
元からおかしかったんだ。なんで俺とシズちゃんが好き合ってるのか。甘ったるい関係を築いてるのか。こんなの俺達じゃない。これは、終わらせるべきだ。
「シズちゃん」
「なんだよ」
「……シズちゃん」
いつか話した時のようにシズちゃんの家のベッドの上で目覚めた朝、俺は布団を強く掴んでボソリと名前を呼んだ。
カーテンを開けたシズちゃんは俺のほうを見ずに、曇った窓を見つめて俺と同じようにボソリと答えた。
その背中を見てられなくて、枕に顔を埋めてぎゅっと目を閉じる。
「……なんだよ」
「…………うーん」
「……おい」
「別れよう」
空気が固まった気がした。シズちゃんがはっと息を飲む音がして、あまりの気まずさにどうしようもなくなって逃げ出したくなった。
しかし逃げることなんてできるわけもなく、今日ですべて終わらせようと、俺は口を開く。
「別れようって、言ってんの」
「……なんでだよ。前言ってたあれかよ。それなら俺は」
「違う。それだけじゃないよ。……シズちゃんには、分からないよ」
理由を全部言っていたらキリがない。それに、言いたくもなかった。
言って、シズちゃんに優しい言葉を掛けられたらまたループしてしまう。
そんなことになってしまったら俺はもうシズちゃんから離れられなくなるから。
「別れたほうが、いいと思うんだ」
「なんでだって聞いてんだろ」
「ありすぎて言えない」
「それはなしだ」
腕を引っ張られて無理矢理起き上がらせられる。
その顔は怒っているのに、すごく悲しそうに見えた。
シズちゃんのこんな顔見たことがない。
俺と付き合うことがなければこんな顔をすることだってなかったのに、 全部俺のせいだ。
「もう話し掛けないで。俺は、君のことが、大っ嫌いなんだ!」
「っ……なんでだって聞いてんだろ!」
大きな音を立てて、遠慮なく頬を殴られる。ああ、久し振りだ。この感じ。
口の中に鉄の味がひろがって、ひどい痛みが走る。熱い。
シズちゃんに殴られたんだ。
泣きたくなるはずなのに俺は嬉しかった。やっと戻ってくれた。これが、シズちゃんだ。
「いいよ」
「…………」
「もっと、殴って」
どこからおかしくなったのかなんて、もう分からなかった。ただ、俺は
むしょうに過去に戻りたかった。
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