シズちゃんが嫌いで嫌いでたまらないのに、もしもシズちゃんが俺のことを相手してくれなくなったとか考えたら、
ひどく怖くなった。
「笑い話だろう?」
「……笑えないね」
ボロボロになった腕を診せに新羅の家に行った。ついでと言うように、心にたまりにたまっていた最近見た夢の話をした。
周りからすれば、たかが夢をなにマジにとらえているんだと感じるだろうけど、
もう何日も前のことだというのに目を覚ましたあの時の恐怖は今だ忘れられないでいた。
「そもそも、静雄くんが臨也を相手にしなくなるっていうのが有り得ない話だけどね」
「そうかな」
「そうだよ。有り得ないでしょ。あれ程嫌いって言って追い掛け回して、今日もこんな傷をつけて、」
「っ痛!」
「それでどうして無視できるっていうんだい」
傷口に押し付けられた消毒液が染みる。ヒリヒリとした痛みに涙目になりながらも、俺は新羅に言われたことを冷静に頭の中で考えていた。
相手にしないなんて、そんなのいまさらすぎる話だ。
シズちゃんは出会った時から俺を嫌いと言って、俺の姿を見れば追い掛けてきて、自販機や標識を投げてきて、
どんな嫌味をしたって逃げることも無視することもなく、いつだって俺を追ってきた。
ああ、解ってる。頭の中では全部理解してる。そんなことないって思ってるのに、あまりにもリアルな夢だったから、少し怯えてしまったのかもしれない。
「たまに静雄くんも治療にくるんだけど、その度に君の話してるよ」
「……どうせ愚痴だろ」
「まあ、そうだけど、臨也、好きの反対が嫌いって思われてる分、一回どんな形であれ相手に関心を持ってしまったらそこから離れられないんだよ」
「シズちゃんは人じゃない。沸点は低いけど、意識の操作なんてやろうと思えばできる男だろ」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「シズちゃんのことを一番知ってる俺が言うんだから、そうなんだよ」
俺はなにをムキになっているんだろう。
これじゃあまるで自分が言うことすべてに頷いてほしいと思ってるようじゃないか。
なんのために話したんだ。「そんなことないよ」って否定してもらって、安心するために話したんじゃないのか。
自分の感情レベルがあまりに子供で悔しさや苛立ちを感じた。
結局シズちゃんはこんな面倒な奴相手になんかしないだろう。
シズちゃんの周りには彼を認めてくれる人で固まっているのだから、その中に俺が入っていけるはずもない。でもだからって。これから先、シズちゃんがいない生活をしろなんてことになったら、俺は生きていけないかもしれない。
「わかんないよ。俺自身、なんでこんなにシズちゃんに執着しちゃってるのか」
「臨也は人に関してあれこれ言うくせに、自分に関しては解ってないところが多いからね」
「はは、新羅に俺のなにが解るっていうの。俺のこと全部を知ってるのは、あの化け物だけだよ」
「――ほら、そういうところが解ってないんだよ」
新羅がなにを言ってるのか、俺には理解できなかった。
こっちはこんなに不安でたまらないっていうのに、自分のことを考えてる余裕なんてないし、
ちくしょう。なんで不安になってるんだ俺は。
わからないことだらけで、いっそのこと寝て全てのことから逃げたいと思った。
「臨也あぁぁ!!」
それなのに、どうしてこう、狙ったかのような絶妙なタイミングで現れるのだろうか。この男は。
急にドアを蹴破って、土足のままズカズカ入ってくるシズちゃんにはもう慣れたのか、新羅はニコニコと笑っていて、対する俺はげんなりだ。
「手前、池袋から消えろって」
「さっきシズちゃんにつけられた傷を治療しに来てたんだよ」
「治療すんな! そのまま死ね!」
「シズちゃんが死ぬまで俺は死ぬつもりなんてないから」
「このっ……ノミ蟲野郎!!」
傍にあったテーブルを片手で掴んで持ち上げて、俺目掛けて投げようとしている。俺は対抗するように立ち上がってナイフを構えるが、最悪なことに両腕負傷していてうまく動きそうにもなかった。
なんでこんな時にいないんだよ首なし。そういうえば今日は粟楠会から運びものを頼まれてたっけ。なんで今日みたいな日にいないんだよ。
「…………」
目の前にいるシズちゃんを睨みつける。こいつのことをめちゃくちゃに切り刻んで、跡形もなく消したい。俺の手で。
確かにそう思うのに、もしもいなくなったらと思うと、阿呆らしくも泣きたくなった。
「……んだよ手前。らしくねえ顔すんな」
「は? 何言ってんの。キモいこと言わないでよ」
「戦う気失せるだろうが。腕の前にまず手前の面治せっつーの」
ガタンと音を立ててテーブルを元の場所に置くシズちゃん。
なんなんだ。今までこんなことは一度だってなかった。
俺が風邪を引いていて、どんなに真っ青な顔をしていたって、
俺が取引の後でどんなに疲れた顔をしていたって、
俺が寝ずに仕事を続けてどんなに目の下に隈があったって、
シズちゃんは途中で止めることなんてしなかった。
「臨也」
「っ…………」
新羅の呼び掛けを無視して無言で走って家から出る。
ついに、俺はシズちゃんから興味を削がれてしまったのか。
俺の相手をするのは面倒なのか。
なんだよ、「らしくねえ顔すんな」? そんなこと、今まで一度だって気にしたことなかったっていうのに、なんで今日に限って
「……あいつなにがあったんだ」
「悪い夢を見たんだって」
「はぁ? ……なんなんだよ。……調子狂うだろ」
「一回、抱きしめてあげたらいつもの臨也に戻るんじゃない?」
「だっ……ふざけんな! 馬鹿にすんな! 真剣に考えてるのによぉ」
俺は知らなかった。なにも知らないまま誤解をして逃げた。
でもこの後、追い掛けてきたシズちゃんに抱きしめられて、別の意味で困惑するなんてもちろん知らなくて、ただただ落ちてく気持ちに泣きそうになるのだった。
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