「シズちゃん好きだよ!」
「あっそ」
「はは、相変わらず冷たいなあ」

 これで何回目の告白なんだろうとか考えるのはもうやめた。
 いつになったらシズちゃんは答えてくれるのだろうかとか答えを求めるのもやめた。
 ただ俺の思いを伝えられればそれでいい。いつか理解してくれる時がくればそれでいい。
 この先の人生で、そういえばあんな奴いたな。好かれるって、幸せなことだったんだな。って思ってくれれば良かった。


「君もよくやるねー」
「新羅。お前が外に出てるなんて珍しいね」
「ちょっと頼まれ事があってさ。いやあー、ほんとよく頑張るよ」

 去っていくシズちゃんの背中を眺めていたら、後ろから肩を叩かれ、そこにはつい先日まで同じ高校に通っていた旧友の姿。
 高校の時から俺達を見てきた新羅は全部知っていた。俺の気持ちはもちろん、シズちゃんが俺に嫌悪以外の感情を持っていないことも知っていて、それだからといって応援するわけでも否定するわけでもなく見ているだけの奴だった。
 こんなよく解らない性格してるけど、新羅は唯一の俺の理解者でもある。
 新羅が、彼女――首なしを愛する気持ちと俺がシズちゃんに向けるものは限りなく近いものだった。気持ちに答えてくれなくてもひたすら想い続けて想いを告げる、俺達は似た者同士でもあった。

「新羅は辛いと思った時なんてあったの」
「ないね。僕は彼女が傍にいてくれるだけで十分だし、想いを伝えられることが最大の幸せだと思ってるから」
「俺も、全く同じだよ」

 苦に思うわけがなかった。なんで想いを告げられる範囲にいる人に自分の言葉を伝えて、答えてくれないから悲しく思うのか。
 世の中には伝えられない人だっているんだから。例えば、テレビによく出てるアイドルに本気で恋をして、雑誌を買ったり番組を見たり、イベントに行ったりして追い掛けるけどその人に自分の声が伝わることはなかなかない。目線を交わすことさえないのだから。
 こっちはあっちを知ってるのにあっちはこっちを知らないなんて当たり前のことだし、それを考えれば自分はなんてハードルの低い恋をしているのだろうかと思った。
 まあ、比べるのは良くないことだけどね。

「でも相手から愛されたら、どれほど幸せなんだろうって時々考えたりしないかい?」
「……新羅らしくないね」
「一度くらい、あるだろ」

 もちろんないわけがなかった。シズちゃんに愛されたらなんてまず有り得ないことだけど、もしも愛されたら俺はどうなってしまうのだろうか。
 新羅は絶対泣くな。そして思いっきり抱きしめそう。
 俺は――どうなんだろう。自分がどのように喜ぶかいくら考えても解らないでいた。その場面をはっきりと頭に浮かべようとするとドキドキして、胸が締め付けられるようで、いつも途中でやめてしまうのだった。
 でもきっと、間違いなく今以上に幸せなんだろうな。

「まあ、死ぬ前に一度でもいいから知りたいな。どれほど幸せなものか」
「あっは、……そうだね。彼女じゃないと知ることのできない幸せだから、知れたほうが奇跡かもしれない」

 この年になって運命や奇跡などを信じたりはしなかった。自分はもう子供ではない、大人だから多少なりとも現実は見えてるつもりだ。
 そもそも出会った時からここまでずっと平行に続いていた関係がいまさらクロスするはずもなく、俺は平行の距離が広がらないようにいつも通りにいつも通りの言葉を告げるだけだった。



「シズちゃん! 好きだよ」
「あっそ。……飽きねえな手前も」
「飽きるはずないだろ。俺はシズちゃんだけなんだから」
「なんで俺なんだよ。お前なら選べるくらいには好きになってくれる奴がいるだろ。ああそっか、顔はいいけどその性格だもんな」
「褒められてるのか貶されてるのか分からないけど、うん。喜んでおくよ」

 顔はいいって思ってくれてるってだけで俺は溢れ出しそうなほどの嬉しさを抱えていた。性格の悪さなんて知ってる。ただ認めてほしいのはシズちゃんに対しての愛情はこれ以上ないほどに強いもので、誰にも邪魔する隙間なんてないものだということを。
 この気持ちが軽いって見られてたりしたら、それはもうショックで寝込むかもしれない。
 どんなに酷く扱われたっていい。罵られたっていい。けどそれだけは認められたかった。



 そんなふうに思っていたのもいつのことか、過去の回想にしてはずいぶん長かった気もするし短かった気もする。
 まだ初々しいとさえ思える頃から幾年か経った今日、俺はいつも通りシズちゃんに好きと一言告げるために池袋に向かっていた。
 電車に揺られながら思うのは、あの時唯一共通していた友は、先に道を進んでいってしまった。
 首なしに想いが届いた。受け入れてくれた。そして、愛を与えてくれた。
 最近新羅と話したって惚気話しか聞かされない。それはきっと喜ぶべきことで、祝福の言葉をかけてやるべきだった。
 でも俺は皮肉しか言えない。結局俺も人なんだ。悔しいと思うし、俺もシズちゃんに愛されたいという思いを強く持つようになってしまった。
 こんな欲張りなこと、望んではいけないというのに。

「おっと、着いたかな」

 人混みに紛れて電車から降りる。
 池袋に来れば案外早くシズちゃんは見つかる。見つかるというか、俺の臭いを辿ってシズちゃんから来てくれるのだけど。
 しかし驚くことに、今日はめずらしく駅にいた。柱に寄り掛かってまるで誰かを待つように。
 話掛けていいものか一瞬躊躇ったが、シズちゃんと言葉を交わすのだってどうせ一瞬なのだから、俺はシズちゃんの傍へ向かう。

「シズちゃん!」
「よお。……今日も、好きって言いに来たのかよ」
「なにー。嫌なわけー? でも俺は言うからね! 好きだよ。シズちゃん」
「お前は、変わんねえな」

 少し、いつもと様子が違うと思った。雰囲気もそうだし、特別なにかしら会話をすることだって滅多になかった。そして一番は、サングラス越しに俺を見るシズちゃんの目が、すごく優しかった。

「シズちゃんは変わったの」
「変わったぜ。まあ、お前のせいだな」
「は?」
「あー、……やっとわかったんだよ。俺はお前のことが好きだ。臨也」
「……は」

 突然のことに、もちろんシズちゃんが言った言葉の意味を理解できるはずもなかった。
 どういうこと? どうして急に?
 ねぇ、それはつまり、俺の気持ちが届いたってことでいいのかな

「なんでだろうな。いやきっと、元から好きだったのかもしれないし、お前がしつこく言ってくるから、気付いちまったんだよ」
「それって……」
「お前に変えられたなあ。俺」

 頭が理解すると、一気に言いようのない気持ちが溢れてきた。喜びでもない感動でもない、言葉になんて表せない。こんな時に限って言葉は無意味だ。
 でも、きっとこれが、本当の幸せというものなんだね。
 俺は返す言葉を考えるよりも早く、シズちゃんに抱き着いた。







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