ベッドの上、シズちゃんに押し倒されて両手で頬を挟まれる。久し振りの手の温かさにひどく安心した。冷たい手のあいつとは違う、優しい手。
俺の体はこれからのことに期待をして体温が高くなる。
「キス、するの……?」
「しねえよ」
頬を挟んでいた手はゆっくりと下に下に伝っていく。首を撫でられれば気持ち良さに喉が鳴った。シズちゃんに、抱かれる。シズちゃんの手、シズちゃんの体温。その事実だけで目眩がしそうだった。
彼は俺が着ているワイシャツのボタンを一つ一つ、プチンと音を立てて丁寧に外していく。その度に俺の心臓は音を高めていった。
「ぁ……、」
指先が体のラインをなぞるように肌を這う。もどかしい感覚にぞくぞくとして、か細い声が洩れた。シズちゃんが触ったところ全部が敏感になって熱くなっていく。指先から逃れようと体をよじらせるが、左手で腰を掴まれていて逃げることができない。
「あっ、シ、ズちゃん……」
「いざや」
下がった指は今度は上がってきて、胸に小さく主張する突起を摘んだ。くりくりと揉まれるように捻られて、腰がピクリと跳ねた。もう片方は濡れた音を立てて、柔らかい舌に舐められる。何度も何度も、乳首の上を往復するそれがたまらない。気持ちいい。思考がゆっくりと溶けていく。九十九屋の触り方なんて、もう覚えてない。シズちゃんに頭が支配されていく。
「あ、はぁ、あ、……んん……」
「気持ち、いいか」
「ん、うん、……いい、気持ち、いいっ……」
俺の言葉に嬉しそうに笑ったシズちゃんは、髪を掻き交ぜるように撫でて、下半身に手を伸ばしてきた。なにも穿いてない、曝された下はすでに反応していて、先走りも垂らしていた。
ごくりと唾を飲んだシズちゃんは、そっと手を伸ばしてきて性器に触れた。
全部が懐かしかった。九十九屋の冷たさに慣れてしまったせいか、シズちゃんがすごく優しく思えて泣きそうになる。
「は、ぁあん、……やばっ、あっ」
「臨也、……いざや」
「ひぅっ」
先端に爪をたてられて、どぷりと先走りが溢れた。亀頭を集中的に揉まれて、一気に射精感が高まる。気付かないうちに口の端からは涎がたれていて、俺はひどく情けない顔をしていた。
「イくっ……しずちゃん、イ、く……」
俺は呆気なく勢いよく射精した。それは自分の腹に、そして顔まで飛んだ。 体が麻痺する。呼吸が整わない。目の前がチカチカした。
……すごく気持ち良かった。受け入れられるセックスとかほんと、いつ振りだろう。
「なあ、……いいよな」
「え? ……あっ、だ、だめ!」
なにをするんだと思えば、シズちゃんは指を俺の後孔に伸ばしてきた。俺は、とっさに起き上がってシズちゃんの手を掴む。だめだ。そこは、そこに触れられたらばれてしまう。
「……俺が、するから」
「は……?」
「……ん」
ベッドに四つん這いになって、シズちゃんの股間を目の前にする。肘をついて、両手でバックルを外してジッパーを下げて、下着から大きくなった性器を取り出した。
「おい、なにす……」
「ん、むぅ……んん、く、」
そして戸惑いもなくそれを口にふくむと、微かに苦い味がした。すべてを含みきることはできないから、あまった部分には手を添えて軽く扱いた。
こんなことしたことないから、技術もなにもない俺はただただ頭を上下させて刺激を与える。ちゃんて気持ちよくなってるのかな。ちらりと上目に見上げるとシズちゃんは口に手を当てて、迫りくる快楽に耐えている様子だった。嬉しい。ちゃんと、気持ち良くなってくれてるんだ。もっと気持ちよくしてあげたい。俺は、先端を舌でぐりぐりされるとたまらなくなる。シズちゃんも、かな。
「ん……ぅん、」
「っ! はっ……いざ、や、」
良かった。感じてくれてる。集中的にそこを弄ると、中のものが大きくなって震えた。
「臨也、顔っ……離せ!」
射精が近いのだろう。俺に気遣って言ってくれてるらしいが、本当は頭を掴んで揺さぶりたいとしているのが見て分かる。ベッドのシーツを掴む手が震えていた。だから、俺はシズちゃんの言うことを無視して動き続けた。
「ち、くしょ……ぅあ」
「っ……んっ、んー!」
濃いものが咥内に注がれる。あまりの勢いに全てを飲み込むことができず、口を離すとまだ出続けている精液が顔にかかった。飲み込みきれなかった精液が口からこぼれることも気にせず、シズちゃんの腰に腕を回して抱き着いた。
「シズちゃん……」
名前を呼ぶだけで、なんでこんなに心が満たされるのだろう。俺は、シズちゃんが側にいるだけて、嫌なことなにもかもを忘れられる。
「お前、なんか今日様子おかしかったよな」
性行為が終わり、ベッドに横になった俺の隣に座ったシズちゃんは、どこか遠くを見ながらそんなことを言った。おかしかった、か。ばれないように、いつも通り装ったつもりだけど、気付かれてしまうものなんだ。
「おかしいって、なにが」
「なんか、必死っつーか、上の空っつーか……」
「……疲れてるって、言っただろ」
しかし、だからと言ってなにを話すわけでもない。話せるはずなかった。だけど俺の様子に気付いてくれたのが嬉しくて、本当は全部全部打ち明けて楽になってしまいたかった。楽になってしまったら、俺が今までしてたことすべてが無駄になってしまうけど。
「シズちゃん」
その代わり、俺は助けを求めるようにシズちゃんにキスをした。ただ、唇を重ねるだけのキスを何度も何度も繰り返す。唇が腫れるほどにキスをしてしまいたかったが、それはシズちゃんの声によって遮られた。
「……おい、なんだよ、なにがあったか話せよ」
「……なんでもない」
「気付いてもらいたがりなそぶりするくせに、お前はなに抱えてんだよ」
「本当に、なんでもないから」
言いたい、全部言いたくて逆に苦しかった。甘やかされたかった。そんなの無理だから、耐えるしかないけど、
「……前、写真が送られてきた」
そしていきなり出された写真という、その言葉にドクリと心臓が音を立てた。まさかこのタイミングでその話題を出されるなんて。あまりに突然のことに、目が見れなくなって思わず俯くと、頭上からシズちゃんの低い声が降ってきた。
「……あれ、なんだよ」
「…………」
どうしよう。どうしたらいいんだ。どうやってこの状況から抜け出せばいいのだろうか。ぐるぐると頭の中でたくさんの考えが巡る。どの言い訳が一番いいか、どんな言い方をすればいいか、どうしよう
「無言かよ。 ……言えないようなこと、してたのか」
「ちが……それは、」
「言えよ。なにしてたか」
気まずい沈黙が流れる。沈黙は肯定だ。なにか喋らないと、次にシズちゃんに口を開かれたら俺はもう、どうしようもなくなってしまう。
「……!」
「あ……?」
そこで、タイミング良くと言うべきか、携帯の着信音が鳴り響いた。俺は電話を逃げ道に、ベッドからおりてまだ湿っているコートを洗濯カゴから取り出した。
「はいもしもし」
とにかく早く沈黙を破りたかった。空気を変えたかった。相手も確認せずに電話に出ると、少しの無言の後、聞くだけで体中の血が引くような声が電話口から響いた。
「……折原」
「…………」
声が出なかった。なんで、今日は行ったじゃんか。もういいだろ。なんで電話なんか、 こいつからって分かってれば、出なかったのに。
「折原、傘、忘れてた」
「……あ……」
「もちろん今から、取りにくるよな」
なんでこう、何事もうまく進まないんだろう。俺は答えることをせず携帯を耳から離した。
そして、カゴの中からズボンを出して足を通す。
「……おい、どこ行くんだよ」
「行かなきゃ」
「行くってどこにだよ。まだ服、濡れてるだろ」
「出たら雨だし、気にしない」
「帰る時は傘貸すから」
「今すぐ行かないといけないんだ」
振り向くことができずに、俯いたまま淡々と告げる。ズボンを穿いてワイシャツの前ボタンを閉めて玄関へ向かった。行かないと、 ああそうだ。どうせここにいたって、問い詰められるだけだし、結局俺の心が休まる場所なんてどこにもない。
「じゃあね」
「っ、行くなよ」
ドアノブを握ったところで、後ろから抱きしめられる。俺の肩口に顔を埋めたシズちゃんは少し震えているようにも感じた。こんなことされて引き止められるなんて、訳が分からない。俺はもうあることあること何一つ理解できない。なんでシズちゃんが俺にこんなことするの
「行くな、臨也」
真剣な、シズちゃんの声が耳から離れなかった。流されてはいけないと分かっているのに、俺は、また、シズちゃんに持ってかれてしまう。でも、九十九屋が。この迷いは自分にはどうにもできないものだった。
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