臨也が、小さく シズちゃん。と俺の名前を呼んだ。背中にぴったりくっついて、離れないとでも言うように腹に腕を回されて。また、シズちゃん、ぼつりと名前を呼ばれる。その腕を無理矢理解くことなんてできないし、このままにしておくことだってできない。矛盾しているようだがそうなのだから仕方ない。携帯を開いて時間を確認すると出る予定からすでに30分は経っていた。こうなることを見越して早く出ておいて正解だ。でもそろそろ、

「お前は俺のことが好きなのか」

「っ…………」

 はっ、と息を飲む音が聞こえた。きっと今、臨也はすごく傷付いた顔をしているのだろう。でも臨也から離れてもらうにはこの言葉しかなかった。ゆっくりと腕の拘束が緩くなっていく。

「そんなわけ、ないじゃん」

 その声が妙に耳に響いた。だんだん温もりが消えていく。臨也は衣擦れの音も立てずに俺から離れていった。寂しい。なんて思ったとは信じたくない。後ろは向けなかった。臨也の顔を見る勇気なんてなかったんだ。ドアノブに手を添えて、回す。いつもならここでドアを押してこいつの家から出るのだけど、今日は違った。くい、と柔らかい力を感じで思わず振り向くと臨也の親指と人差し指がバーテン服の下端を掴んでいた。驚きに目を見開く。臨也の顔は俯いているせいで見えなかった。あれほど見たくないと思っていた顔だというのに、今はその表情が見たくて見たくて、どうしようもない。

「なん、だよ」

 変に緊張して声が震えてしまった。やはりその指を無理矢理離すことなんてできないし、でもこのままにしておくこともできなかった。

「俺のこと嫌いなら、引き止める必要なんてねえだろ」

「…………でも、」

 臨也の声があまりにも弱々しくて、胸にズキリと痛みが走った。
 臨也とは、毎日会っている。池袋で会うこともあれば、夜にこいつの家で会うのがほとんどだ。ただ体を重ねるためだけに俺は毎晩毎晩、毎晩毎晩毎晩ここへ来る。なんでこんなことになったのか今ではもう曖昧でよく覚えてない。体だけの関係、だというのに臨也は毎朝、俺が帰る時にはこうして引き止めてくる。初めはなんでかなんて分からなかった。ただ、単純に嫌がらせをしたいだけだと思っていた、だから、その腕の意味など考えず振りほどいていた。
 それでも俺は気付いてしまった。振りほどく度に傷付いたような顔をしていたことに。それからというもの、セックスでも喧嘩でも俺は臨也に変に気を遣ってしまうようになり、帰りだって、臨也から離れてもらうようにしている。

「おれは、シズちゃんのことが、」

「わりぃ、時間だ」

 ここ何ヶ月、しなかった力づくという方法を使って俺は臨也の家を出た。顔を上げたあいつの表情は、どこか焦っているように見えて、泣きそうで、頼りなかった。

 なにを言おうとしていたのだろう。考えたくもなかった。俺たちはもうすでに戻れないとこまで来ているというのに、その言葉を聞いたら、本当に、どこにも戻れなくなる気がしたから、俺は、逃げるしかなかった。







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