コバルトブルーの空と霞み掛かった早朝の街を見渡してみた。朝がやってきた。眠気が飛んでいかない。街と同じようにモヤが掛かった頭が麻痺しているようだ。なにも考えずに突っ立っていると階段を下りてくる足音が耳に届いた。後ろを向かずに窓越しにその姿を目に捉えて、静かに息をつく。相手する気が起きない。本当は朝食作ったり、あったかいコーヒーいれてあげたいけど、いや、めんどくさいかも。無言で動かない俺をどう思ったのか、彼は煙草の煙を吐くように息をついた。

「今日、仕事はあんのか?」

「池袋で一件と、渋谷で一件」

「俺暇だからここにいていいか?」

「波江さんが来るけど、それでもいいなら……」

 やっと直接シズちゃんを見ると、彼はムッとした顔をしていた。ああ、奥に潜っていた記憶が戻ってくる。前にも何度か同じようなことがあった。 シズちゃんと二人きりでいる時、誰であろうとほかの人間の名前を出すと必ず顔を歪ませていた。情事の最中に名前を出した時なんて、拳で頬を殴られた。よく骨が折れないでいたなあ。と、一応手加減はしていてけれたんだなあ。と。
 それでもあの時は痛みでボロボロと涙が零れた覚えがある。そんな俺のことを、そりゃもう憎そうに眉間に皺を寄せて睨みつけながらも、とても傷ついた表情をしていた。 思い出すと俺まであの時のシズちゃんと同じような表情になってしまう。
 記憶の奥に閉じ込めていたのは、こうなることが辛いからであって、決して忘れていたわけではない。

「俺、仕事行かなきゃ」

「……おう」

 まだ6時だし、早すぎるけど。シズちゃんもきっとそう思いながらもただ頷いただけだった。コートに腕を通して、小さな封筒を手に取る。しかし足は玄関へ真っ直ぐ向かうのではなくて、キッチンへと左折した。インスタントの安いものだけど結構おいしい、好きな味のコーヒーを作って、砂糖をたっぷりいれてから小さなスプーンでかきまぜた。コーヒーに映る顔が歪むのがおもしろいなあと思って少しだけ遊んでから、ソファーに座っている彼の前にそれを差し出した。



「…………あったかいな」



 受け取ったシズちゃんは何故か幸せそうにふわりと笑って、カップに両手を添えた。そんな顔を見せられてしまえば俺は自分がしたことを心底後悔した。あえて無言で踵を返して今度こそ真っ直ぐ玄関へ向かう。
 まだ霞み掛かってる外に出て、白い息を規則的に存在させる。 俺は、あんな顔をさせる資格なんてないのに。傷つけることはできるけど、幸せにすることなんてできないから、あれは相当のダメージだった。
 幸せそうな顔をされるくらいなら、あの時のようにひどく歪んだ顔をしてくれた方が全然楽だ。そっちの方が、安心できるから。

 なんでシズちゃんは俺の罪を笑うこともせずにすべてを受け入れてくれるのだろうか。俺は彼を受け入れることはできるけど、俺を受け入れることなんて、 到底無理なんじゃないか。







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