肌を氷に突き刺されたように内部から皮膚が冷たくて痛かった。体を貫くような辛さに息がうまく出来ない苦しさ。切なげに目を細める。
 どれくらいの夜を越えれば彼との最後の夜を忘れられるのだろうか。成り行きといえども体を重ねたという事実は事実のままで今なにをしようと変わることはなくて、これからだってなにをしても変えられない。
 雪が降った夜だった。とても寒くて、足や指の先の感覚がなくなっていた。雪が街の音を吸い込んで、真っ暗な白銀の世界の、無音の中歩いていた時だった。
 永遠に忘れることができなさそうだ。あの夜のことは。でも忌ま忌ましいと思うわけでもなく気持ちが浮つくわけでもなくなにも感じないのはなんでだろう。なかったことにできたらどんなに楽なんだろうかと思うし、嫌に感じることができてたらもっと楽だったと思う。しかし頭のどこかにいつもあの夜の景色がこっそりとあった。



 なにも見えない暗い世界の中に一人いる。今日も雪だった。だからこんなことを思い出してしまったのか。窓越しに見える街は白く黒く、静けさが伝わってきた。吐く息が白い。冷えた空気が隙間から入り込んでくる。
 外に行くか。でも、また会ったら、その時、どうなってしまうのだろうか。あの夜以来会うことは何度もあった。けど夜じゃなかったし人混みだったし。もしも、あの夜と同じように閑散とした場所で、暗い時間に会ってしまったらどうなるのだろうか。俺は、自分ではどうにもすることができないと思った。
 椅子に掛けてあるコートから携帯を取り出す。窓の外に出るように歩くと、虚しくガラスに足が当たる音がした。
 ボタンを操作して、携帯に耳を当てた。プルルル 呼び出し音がしばらく響いたあと、沈黙が流れる。雪が降っているせいか、ただの無言以上に静かに思えた。

「 シズちゃん」

「……ん?」

 その声を聞けば胸がきゅうっと締め付けられた。なんでそんな柔らかく、優しい声を出すのだろう。力の入っていた体からすーっと緊張が抜けていく。内部から指先がじんわりとしてきた。俺は、相手に顔が見えているわけでもないのに、窓にいる自分に向かって一回頷いた。その顔はあまりにも弱々しくあまりにも情けなかった。まるで、今にも泣き出しそうな、そんな。

「全部、忘れてくれるかな」

「…………できねえよ。そんなこと」

 だからなんでそんな優しい声を出すのか。耳が、甘く痺れる。彼の声が頭に伝わるのを感じながら、俺の思考はぼんやりと落ちそうになっていた。雪が窓に付き、俺の頬についたように見えた。そんな自分の姿を目にしながら、意識も景色もなにもかも全てを消すようについに俺は視界を閉ざした。







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