ああイライラする。イライライライラ。せっかく会う約束をしたのにも関わらずシズちゃんはお仕事のお付き合いで飲みに行ってるんだってさ。彼はなんだかんだで人気者だから、それに、一人一人を大事にしてるし、俺だけに割いてる時間なんてないってことなんて分かってるけど……それでもこのもやもやがどうにかなるわけではなく。コーヒーを喉に流し込んで頭を抱えてため息をついた。新宿の一角にあるカフェの中、周りは妙にカップルが多くて、余計気分が重くなる。きらびやかな装飾をされた店内で俺は嫌に浮いている気がした。

「あの馬鹿……」

 腕時計を見ると、長い針は23時を回っていた。待ち合わせ時間は20時だった。最悪。もう帰ろうかな。そう思い続けてかれこれ3時間は経ってる。シズちゃんは今日はもう無理だから別の日に変えようと言っていたのだけれど、俺は待ち続けている。来るはずないなんてことも分かりきっていた。電話で話した際に、俺は「分かった」と、今日の予定を破棄することに頷いてしまったのだ。本当は頷きたくなんてなかった。俺よりも仕事付き合いの方が大切なのかよ馬鹿! 最低! なーんて女みたいに、子供みたいに騒ぎたかった。けどもう大人だからそんなわがまま言えないしシズちゃんにはシズちゃんの生活があるって分かってるから、その生活を俺で妨げたくない。俺がわがままを言ってシズちゃんの重荷になることは絶対に嫌だっだから言いたい言葉をぐっと耐えた。
 それでも待ってしまうのはもはや意地なのかもしれない。意味分からないけど。

「……はあ、誰か呼ぼうかな。……いや、誰とも話す気ないや」

 携帯を開いてアドレス帳を見たけどピンと来る人がいなくて電源を切った。電話にもメールにも対応する気が起きない。コーヒーをもう一杯頼んでさらにケーキを追加する。
 シズちゃんと付き合ってから今までのことを思い出すと、我慢してばっかりの気がした。付き合ってるからこそ好きなことをバンバン言えるわけではなく、逆に我慢することが多くなった気がする。付き合ってるからわがままなんて言えなくなって、耐えることが多くなった。これならまだ喧嘩してた頃の方が楽かなーなんて思ったりもする。アホか。そっちの方が我慢だらけじゃないか。それでも、こっちの苦しみと昔の苦しみと、どっちが辛いかなんて考えたらほぼ同じで。

「それならいっそ無関係の方が楽なのかな」

 一人で呟いたことに自分で苦笑いした。無関係? そんなのいまさら過ぎて無理だろ。来神に入学した時点で、俺とシズちゃんは無関係でなんていられなくて、いや、もしかしたら来神に入学していなくたって不本意ながらもシズちゃんと出会っていたのかもしれない。ふ、と息を吐くように笑ったのだけど、どうやらそれは痛々しい笑いになっていたらしい。真っ暗になった携帯のディスプレイに映る自分の顔は歪んでいた。
 0時になったら店は閉じてしまう。あと、30分。いやいや、なに期待してんだ。来るはずないだろ。そろそろ自分のこの状況が情けなくなってきて、店から出ようと席を立つ。 その時、カランカランと扉が開く音がした。周りがどよめき立つのと俺がそちらに視線を移したのほぼ同時で、扉をくぐった彼の姿を見て胸が高鳴るのを感じた。

「……シズちゃん?」

 汗をだくだくにかいたシズちゃんがそこには立っていて、バーテン服にサングラス、そして金髪のくせに汗をかいているという姿に周りは珍しそうに彼を見ていた。

「ばっか……帰れっつたのになんでまだ待ってんだよ」

「シっシズちゃんだって飲み会なんじゃないの? なんでいんの」

「お前が待ってると思ったからだよ!」

 周りを気にせずに遠慮なく俺へと歩み寄ってく るシズちゃんに対して何故か一歩下がってしまった。しかし背中には壁で距離を取ることなどできず、彼はあっという間に俺の目の前にきた。

「……別に、シズちゃんを待ってたわけじゃないし」

 目線を逸らして言うと、シズちゃんが軽くため息をつく音が聞こえた。ため息つきたいのはこっちなんだけど。俺よりも仕事の付き合いを優先してさ、仲間がいるシズちゃんには俺の気持ちなんて分からないだろうね。

「俺が悪かった。まさかと思ったけど、本当に待ってるなんて。どうしたらお前が機嫌取り直してくれんのか、」

「はあ? なにその上から目線。ふざけないでよ。すっごいムカつく」

 怒りを隠そうともせず言うと、うっと息を飲んだシズちゃんが、申し訳なさそうにポケットから何かを取り出した。

「……悪かったよ。俺だって臨也に会いたかったけど、社長が来るとかでどうしようもなくて」

「……なにそれ」

 ポケットから取り出されたものは、小さな箱のようなものだった。パカリと開いた中に入っているものは、指、輪?

「来る途中、偶然見つけて。お前に似合うと思って、急いで買ってきた。だからサイズ合ってるか分からねえけど……」

「あ……」

 一瞬、物で機嫌をとるつもり? という考えが頭に浮かんだがシズちゃんがそんなことをするはずない。無意識に左手を差し出すと、シズちゃんは俺の人差し指に嵌められている指輪を抜いて、買ってきた指輪を通した。

「……え?」

「あー……その、薬指には、よ、もっとちゃんとしたの買ったら、つける、から」

 不器用で真面目で真っ直ぐで、頭に血が上りやすいけど本当は誰よりも優しくて。そんなシズちゃんが俺はたまらなく愛しくなって、店の中だというのに思いっきり抱き着いた。

「うおっ!? 臨也?」

「……本当は、すっごく嫌な気分だったし、別れようなんて思ったけど、シズちゃんだから、全部全部許しちゃうよ」



 出会わなかった方が良かったなんて嘘だ。一緒にいたら辛いことは山ほどあるしもちろんストレスもかなりたまるけれど、
 それ以上の幸せを与えてくれる人だから、俺は、シズちゃんと一緒にいるのだと思った。







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