金があればなんでも手に入る。臨也は少し前まではそう思っていた。ほしい物は買っていらなくなったものは捨てて、必要ないものまで揃えて飽きたら捨てる。
 自分ほどの容姿、そして人間観察をする内に培った人間を操作する言葉、行動。それらで人を惑わすことなんて簡単だった。人間は滑稽な生き物だ。
自分が求めたものは全て手に入っていた臨也だったが、そんな彼でも知らないものはあった。



「俺を愛してくれる人間がたくさんで困っちゃうよ」

 中学時代、臨也はよくそんなことを言っていた。事実、男にも女にも臨也は憧れのような眼差しを向けられていて、もはやそれらは信者と呼ぶに等しいものだった。そんな存在に優越を感じていた。だがしかしそれは中学生までのものとなった。


「しっ新羅……! ね、誰あの人!」

 高校に上がって、入学式の日、臨也は中学から一緒だった友人、新羅に朝っぱらから問い詰めていた。窓際に追い詰められた新羅は、あまりの勢いに眼鏡がずれていた。対する臨也はやや頬を紅潮させていて、中学三年間で見たことがないほどに興奮している。 入学式を終え、初日ということでシンとした教室には臨也の騒ぐ声だけが響いていた。

「あの!! 金髪の! 人!! 一緒にいたじゃん! 知り合い? 知り合いなの! 誰あの人!」

 新羅は唯一の友人の変貌振りに若干げんなりとしていた。目はキラキラと輝いていて、金髪の人を思い出してるのか、どこかうっとりしていた。

「いや、その……あれかな、静雄くんのこと」

「しずおくん! しずお、しずお! いい名前だね。どうしよう。シズちゃんって呼んじゃおう、かな……」

 自分で言って照れたらしく、真っ赤になって俯いてしまった。どういう現象だこれは。新羅はずれた眼鏡を直すこともできず口元をひくつかせていた。そう、新羅も気づいてるようにクラス全員も気づいてるのだろう。教室はどよどよした雰囲気纏っていた。
 静雄「くん」、臨也が興奮している相手は男だった。様子からしてただ憧れてるとか仲良くなりたいとか思ってる訳ではないことはわかりきっていた。

「新羅、俺、シズちゃんのこと好きかも! ってことで今から告白してくるね!」

「ちょっ……! 臨也!?」

 嵐のように去って行った臨也を誰もが見て見ぬフリをした。 今日は、入学式。高校生活初日。それなのにあるクラスでは空席が一つ、妙な存在感を放って目立っていた。新羅は、自分の前の誰もいない席を眺めながら思う。高校生活はとんでもないことになりそうだと。



「ここだ!」

 ガラッ 勢いよく扉を開く。プリントやらなにやらを配っている紙の音と教師の声しか響いてなかった教室に爽やかな声が響いた。生徒は一斉に声がした方を向き、教師は怪訝な顔をして彼――臨也を見ていた。

「えーと……あっ、いた! シズちゃん」

 金髪の男の席へ臨也が一歩一歩、歩み寄る。その足音が妙に教室に響いていた。静雄は、自分の元に近づいて来る男の勢いにぽかんと口を開けたままその姿を見ていた。

「シズちゃん……俺、シズちゃんのことが好きになっちゃった」

「…………は?」

 静雄が驚くのも無理はない。
 臨也は、登校して来る静雄を見て一目惚れしたらしいが静雄にとって今日初めて会うこいつは誰だ状態だ。そんな人にいきなり告白されたって反応のしようがない。しかし、それは普通の人の場合だった。

 静雄は、生まれてきて今日まで家族以外の誰かに愛されたことがなかった。容姿はいいのに暴力が邪魔をして近づいてくる人はいない。いや、誰一人近づけないでいた。そんな静雄に怯えた様子もなく寄ってきて、さらには好き。ときた。これは静雄にとっては夢のような出来事だった。だから、答えてしまった。

「おれ、も……好きだ」

 出会って初めて交わした会話が告白。さらに成功。そんな異常なことを気にするはずもなく臨也は照れ臭そうに笑った。その心の中では、俺に掛かれば、人間なんてちょろいね。と思っていたのだが。
 一目惚れした相手と両想いになって、清々しい顔をして自分のクラスに戻る。新羅はその表情を見て事の全てを理解したのか、重々しくため息をついていた。
 ホームルームはすぐに終わり、中学の時と同じように新羅と二人で帰ろうと教室を出たところで、廊下には先に終わったらしい静雄が待機していた。

「あ、シズちゃん!」

 その姿を目にとめると嬉しそうに静雄の元へ駆け寄って腕に抱き着く。静雄はそんな臨也のことをとても愛おしそうに見つめていた。

「一緒に、帰らねえか」

「えっ……」

 驚いたように静雄を見上げる臨也。こんなことを言われたのは初めてだった。今まで、自分を好きになる人間はたくさんいた。それも言った通り信者のように。強い思いを向けられることに喜びを感じていた、が。彼らは一切臨也に触れてこなかった。まともに会話をしようともせず逆に避けていたようにも思える。それは、皆が皆、臨也を神のような存在として見ていたからだ。だからこんな風にまるで普通の人間のように接してくるのは、彼が初めてだった。

「う、ん。一緒に帰る……」

 何故か妙に恥ずかしくて抱き着いていた腕から離れた。
 ――なんだこれ。すっごく、身体が熱い。心臓がドキドキする。
 なにもかもが初めてで自分が知らない感覚を自分が抱いてることに戸惑っていた。おどおどした臨也を見てなにを思ったのか、静雄は申し訳なさそうに一歩下がった。

「あ、……その、嫌なら無理しなくてい……」

「無理じゃないよ!」

 咄嗟に口から出てしまった言葉にさらに照れる臨也と、驚いたように目を見開く静雄。しばらくどちらも喋ることをせず沈黙が流れていたとこで静雄は、はっとして臨也に近付いた。

「え……なに?」

「ゴミ、ついてる……」

 臨也の髪の毛に手を伸ばして紙屑のようなものを取る。その行動が臨也にとってトドメになった。わざわざ、取ってくれるなんて。気づいてスルーするわけでもなく、教えてあげるわけでもなく、その手で取ってくれるなんて。こんなことされたことない。
 臨也は確信した。運命の人に出会った。と。自然と二つの手が絡み合い、甘い空気を纏って下校して行った二人を見て、完全放置された新羅は思う。

 愛されたことはあるが本物の愛を知らない臨也と、愛されたことがないからこそ本物の愛を与えてくれる静雄。そんな二人が揃ったらとんでもない恋愛になりそう。だ、と。







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