「シズちゃん、煙草臭い」

 学生時代は毎日顔を合わせて、毎日喧嘩をしていたというのに、卒業して、シズちゃんを嵌めて、俺は新宿に拠点を移してからは全く会わなくなった。今こうして顔を合わせるのはどれくらい振りだろうか。もしかして会うかもしれない。そんなことを思って池袋に来たら、まさか本当に会うなんて。彼は、最後に会った時と同じようにバーテン服を着ていた。変わったことと言えば、サングラスを掛けてるのと、発言した通り、煙草臭い。


「うるっせえ。手前、池袋になにしに来やがった」

「なんでもいいだろ。君には、そんなの関係ないことだ」

「いーや、関係ある。ここは、俺の街だ。早く手前の新宿に帰れ」

「いつから池袋はシズちゃんのものになったかな……」

 小さくため息を零して、目の前の男から目を逸らした。首都高へ向かうたくさんの車は、オレンジ色の電灯に照らされてどんどん俺達の横を過ぎてゆく。
 フェンスに手を掛けて道路を見下した。そこにも車はたくさん流れていて、何故か自分が立っていることに優越を感じた。

「変わったねえ、シズちゃん」

 しばらく会ってない間だって、情報だけは入ってきた。中学の先輩に拾われて借金取りをしていること。高校の時よりも池袋で有名になっていること。その目印は、金髪バーテン服ということ。
 どの銘柄の煙草を吸っているのか調べて、一回俺も吸ってみた。とてもじゃないけど、それから吸う気にはなれず、デスクの上にずっと置きっぱなしだ。一度吸ったことのある臭いだというのに、直接シズちゃんから香ってくると、なんだか胸が締め付けられるようだった。


 夜風は冷たくて、コートの前を合わせた。そしてシズちゃんに向き合うと、相変わらず俺を睨みつけていた。

「やだなあ、ずっとそんな顔してたら、皺が残っちゃうよ」

「お前がいなくなってくれれば、眉間に皺を寄せることもなくなるだろうなあ」

「はは、ひどいね。あ、……ねえ、サングラス外してよ」

「は? なんでだよ」

「いいから」

真っ直ぐ目を見て、結構真剣な顔で言う。昔から、唯一こうすればシズちゃんはある程度の言うことは聞いてくれた。きっと、真っ直ぐなものに弱いんだろう。
 その通り、一瞬嫌そうに顔を歪められたが、素直に外してくれた。カシャン、と音がして、サングラスが胸ポケットに収まると、シズちゃんの目がよく見えた。

「……懐かしいなあ」

顔つきは、少し大人っぽくなったかもしれない。でも、俺を追い掛けていたあの頃と同じもので、鼻の奥がツンと熱くなった。

「また会えたよ」


 まるでその時俺は、昔のシズちゃんと再会した気分で、懐かしみながら傍に寄った。だけど、鼻腔をくすぐったのは全然、馴染みのない香りで、抗いようもなく涙がスーッと頬を伝った。

 俺はあの頃から何一つ変わってないから、シズちゃんだけ変わらないでほしい。俺だけが、ずっと、ずっと、あの頃にとらわれたままだ。ただ俺一人が、過去に思いを馳せてるだなんて。そんなの素敵ともなんとも思えない。







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