「…………九十九屋」

 あのまま床に転がっていたって、なんの意味もない。そうと分かっていても立ち上がることができなくて、涙も止まってしまって行動に困った。そんな時を見計らったかのように九十九屋から声が掛かった。「折原、ちょっと来てくれないか」と。仕方ない、というようにのろのろと歩いてリビングと思われるところに入ったら、九十九屋はソファーに座って携帯を弄っていた。さっき折ったはずなのに、俺と同じように何台も所有しているのだろう。

「まあ、とりあえず座れよ」

入り口で固まっていた俺を見て、自分の隣を叩いて座るよう足してきたが、俺は無視して九十九屋の斜め前に座った。苦笑いを零した奴は、コーヒーカップを持って自ら俺の隣へ移動してきた。それを避けるように今度は俺がさきほど九十九屋が座っていたところに移動すると、奴は諦めたように小さくため息をついて口角を上げた。

「パソコンは、どこだ」

 シズちゃんに写真を送った理由とかなんであんな写真を持っていたのか、そんなのはどうでもいい。いや、どうでもよくないが、こいつとは一緒にいたくない。早くこの空間から抜け出したい、その思いの方が強かった。

「まあまあ、ゆっくり話そうじゃないか」

「話すことなんて、ないだろ」

「それがあるんだよ。俺は」

九十九屋は、また立ち上がって俺の傍に寄ってきた。しかし今度は隣ではなく、目の前に立って俺を見下すようにして。思わず後ずさりそうになる。背後には背もたれしかないというのに、逃げたい気持ちになった。

「俺が平和島静雄にあの写真を送った理由はね、」

「理由はもういいから……早くパソコンを」

「報われない恋をしてる折原に、終止符をつけてあげるためだよ」

「九十九屋!」

何故か怖くなってなにも聞きたくなくて叫んだ。が、その瞬間に俺はソファーの上に押し倒されていた。またか、と思う余裕もなく深い口づけが交わされた。

「んんっ――ん、」

顎を掴まれて口を無理矢理開かれる。舌が侵入してきて、ゾワリとするが抵抗も虚しく、手は頭上に一纏めにされ、足は奴の膝に抑えられる。ならばと、舌を噛み切ってやる勢いで歯を立てればやっと口が離された。

「……なんの、つもり」

「パソコンからお前の写真は全部消す。お前の過去は公言しない。だから、ヤらせろ」

「どうして、そうなるんだよ」

「じゃあ、静雄に、全部言っちゃうぞ」

「それはやだ」

「まるで子供だなお前」

嘲笑うようにして九十九屋は、手首を縛っているのとは逆の手で、濡れたVネックをたくし上げててきた。気持ち悪い。
晒された部分に顔を近付けられ、ペロリと舐め上げられた。

「ひっ……」

思わず息がつまる。最悪だ。こんな奴に反応してしまう自分が嫌で顔を歪めてみるけど九十九屋は気にせず舐めて、今度は赤く立ち上がったそれを口に含んで舌で転がしてきた。

「あ、……ぅ、あ、やめろ……」

手も足も動かせないのがもどかしい。口を離されて、自分の乳首を見ると、九十九屋に舐められた方は真っ赤に熟れて、唾液によりテラテラと濡れていた。一気に嫌悪感がはい上がって吐きそうになる。気持ち、悪い。

「あ、言っとくけど、今度は泣いてもやめないからな」

「誰が泣くかっ」

「いい勢いだ。さすが、折原」

カチャカチャと、金属の触れ合う音がして背中に嫌な汗が流れた。まさか、まさかまさか、こいつ、

「やめ、やめろ! 本気でお前っ……」

「冗談でこんなことしないよ」

「やぁっ!」

 ズボンと一緒に下着を脱がされ、俺は下半身になにも纏ってない状態になる。恥ずかしいよりも屈辱の方が勝っていて、九十九屋を睨む。抵抗したって意味がないことは分かっているけれど、抵抗せずにはいられない。奴に流されるままになるなんてそんなの俺が許せない。

「なんだ、もう反応してるな」

 でも、どんなに嫌がったってやはり身体は正直らしい。乳首を触られて感じてしまうようになったこの身体を殴りたい気分だ。
 九十九屋は、俺の性器を手に取ると、ゆっくり上下に扱き始めた。腰がぴくぴくと跳ねてしまう。でも絶対に声を出したくなくて唇を噛み締めた。掴まれている手にも力を込めて拳を作ると、奴から放されて一瞬解放された。だが、力づくで拳を開かれて、俺の両手を重ねて、九十九屋の手は指を絡めてきた。

「なあ、折原、気持ちいいだろ」

「っ…………」

唇が切れるくらい食いしばった。目をぎゅっと瞑ってなにも見ないようにする。でも、耳は塞げなくて、ちゅくちゅくと、濡れた音が聞こえた。

「気持ちいいって言えよ。いざや」

「っはぁ……!」

 不意打ちだ。少し声を低めにされて、シズちゃんを思わせる喋り方に呼び方。身体が異常なほど反応した。声も漏れてしまい、悔しくて悔しくて、喉が引き攣る。

「臨也は、こうされるのが、好きなんだよな」

「あ、……や、め、ぅあ、ん、あ、」

一度声を上げてしまえばその後は、溢れるように出てしまう。薄らと開いた視界で、目の前の男の顔がこれ以上ないほど楽しそうに笑っているのが映った。

「ぅ、あ、ひぁんっ……も、やめ、」

扱く手を早められて、強弱をつけられる。一気に射精感が高まって、でもこんな奴の手でイくなんてそんなの恥以外の何物でもない。

「いざや、好きだ」

「ぅやっ、シ、シズちゃんっ、あぁあ……!」


 頭が真っ白になって、九十九屋の手の中に射精してしまった。その事実に俺は、今はイった後のもやもやした思考のせいか、ついて行けずにいた。
 息が整わない。視界がぼやけてきた。

「静雄のこと、想像してイくなんてな。でも、今日はここまで。挿れてあげない」

「今日は、って、次は、ないだろ」

「誰が、一回だけでいいって言った?」


 そんな理論を並べるお前の方が子供だと言ってやりたかった。
 これから、俺はどれだけこいつに抱かれるのだろうか。考えたくもない。霞む意識の中で浮かんだのは、シズちゃんに会いたい。ということだった。







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