「好きです」


 蝉の声に混じって、耳に届いた言葉。けれどもそれは、すごくはっきりと聞こえて。
 緑の葉のすき間から太陽の光がキラキラと差し込む。背中には、ボロくなった校舎の壁。空がやけに青かった。

「……ごめん」

 目の前に立つ、人の良さそうな爽やかな青年。ぎゅっと握った拳に、真っ直ぐと見つめてくる瞳。緊張した様子がよく伝わってきた。
 俺の言葉を聞くと、有り得ないとでも言うように、眉をハの字にして、真っ直ぐ見つめていた瞳は、静かに伏せられた。「なんで、駄目なんですか。ほかに好きな人がいるんですか」問われたことに、俺は怠気に「特に理由なんてない。ただ、君は好みじゃない」と、答えた。ショックに足を震わせた青年は、わかりましたと早口に小さく言って、どこかへ走り去ってしまった。目を細めてその背中を見送っていると、後ろから低い声が、ぽつりと落ちてきた。

「……臨也」

「……あれ? シズちゃん。そんなとこで、なにしてんの」

 振り向けば、大きな木から現れたシズちゃんがいた。金髪も、白いワイシャツも、光がキラキラと照らしている。今日はめずらしく俺も白の半袖ワイシャツを着ていた。それでも暑くて、じんわりと汗が滲む。

「俺は、休んでただけだ。お前らが勝手に始めて……」

「ああ、それは悪かったね。次からは人がいないことを確認してから始めてもらうよ」

 少し嫌そうな顔をしたシズちゃんが、木に寄り掛かるようにして座り、俺は立ったままその姿を見下ろした。シズちゃんは、俺と目を合わせなかった。

「……どんな気分なんだよ」

「……なにが?」

「男に告られるってのは」

「…………ああ、それね。……別に、なんとも」

「お前でも、断ったりするんだな」

「……は?」

「誰にでも、ついてくって噂じゃねえか」

「……あー、まあ、彼は好みじゃないからね。まれに断りもするよ」

「ふーん……」

 対して興味もなさそうに頷いたシズちゃんは、俯いて目を閉じてしまった。

「寝るの?」

「ん」

「それなら、早く帰りなよ」

「……なあ」

「ん?」

「お前は、俺に告白されたら、付き合うのかよ」

「…………」

 目を閉じたかと思えば開いて、今度は俺を見上げてきた。なんで、そんなこと聞くのだろうか。いや、こんな展開になるように誘導したのは、俺だ。
 新羅と、ドタチンに頼んで俺は軽いという噂を流してもらった。実際、異性にも同性にも告白されることはたくさんあったけれど、一度だって、了承したことはない。
 それと、今日、俺がこの時間にここで告白されることも、シズちゃんへと流してもらった。そしたら、彼はここへ来た。

「臨也?」

 シズちゃんは嘘が下手だ。だって、休んでる、って言ったけど、今は放課後だ。なにを休んでるのか、まったく分からない。

「……うん、いいよ」

 俺の思った通りに進んでくれた。俺がシズちゃんの立場だったら嫌だな。と思うことばかりを彼にして、感情を高ぶらせて、そして――

「付き合おっか。シズちゃん」

 彼は盲目になる。
 しゃがんで、重ねた唇は妙に熱を持っていた。ああもう、チラチラと入り込む。光が眩しい。







1010041827







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