春が来て、夏が過ぎて、秋が来て、季節の流れというのは早いものだ。そして冬が来て、そしたらもう来年だ。早いなあ。ホントに、早いなあ。
「なんの秋にしようかなー」
「お前は食欲の秋にしろ。痩せすぎだ」
「じゃあシズちゃんは読書の秋だね。知識をつけなよ」
池袋の一角にあるカフェでコーヒーを飲みながら外の景色を眺める。歩く人々の髪が揺れて、木々も激しく動いている。葉が散らばり、地面には絨毯ができていた。そんなに木があるでもない、建物だらけの池袋にどこからこんなに葉が流れてきたんだろうか。
「芸術の秋もいいかも」
「おっ、お前が芸術……!」
向かいの席に座るシズちゃんは口を抑えて俯いてしまった。それは、まあ、笑いを堪える的な意味で。
「なに? 俺なんかおかしなこと言ったかな」
「いや、……ぶはっ、な、んでもねえよ」
それでもまだ笑いが止まらないのか、吹いたり、目に涙を浮かべている。俺が芸術。おかしいことかな。
「お前さあ、高校ん時の美術で好きなもの描けって時間あっただろ。なに描いたか覚えてるか?」
「え? あー、人」
「おぼえてんなら分かるだろ! あれは傑作だった。あの絵写メったの今でも残ってるぜ、見るか?」
「え、見たい見たーい! どんな風に描いたかは覚えてないんだよね」
俺の言葉を聞くなりシズちゃんは携帯を弄り、画像を探しているようだ。しかし学生時代からずっととっておくなんて、どれほどの素晴らしい作品を描いたんだろうか俺は。
「ぶっ、あった……くっ……」
笑いを堪えながら携帯を向けてきた。なぜ笑う。どれどれ、ディスプレイを覗き込むとそこにあったのは、……あったのは。
「……な、にこれ」
人を描いたのは覚えている。しかし何故肌が水色だったり緑色だったり、羽が生えてたりするんだ! しかもちっちゃい子が描くような、輪郭や目がごちゃごちゃとした絵で、ちょ、これ本当に俺が描いたの?
「シズちゃん嘘ついてるでしょ! 俺がこんな絵描くはずない!」
「描いただろうが! 右下に書いてある名前見えるだろ!」
「合成だ」
「合成じゃねーよ! ほら、新羅と変なこと言い合いながら描いてただろ!」
「そんなはずっ……あ!」
うわうわうわ。思い出した。超思い出した。そうだ。美術の時間に俺は『超々未来の人間』というお題を自分で作って描いたんだ。
その時の隣の席の奴が新羅で、俺がいろいろと考えていたら意見を出してきて、そこからごちゃごちゃになった。その時の会話の一部を抜粋するとこうだ。
「この先世界は海に沈没するだろうから、人間は海の中で生活できるようになる肌が必要だ」
「んー、じゃあ肌は魚にしようかな。あ、あとワニみたいに強い肌もいいかも! ワニ肌の人はレベル上ね」
「あとあと空はあるんだから飛べるようにもしたいね」
「ヘリコプターじゃなくてタケコプターじゃなくて、羽がついてたらおもしろくない新羅?」
「おっ! いいねえ。あとはー……」
こんな感じで、『超々未来の人間』は超々意味不になってしまったのだった。
「つかなんでまだとっといてんだよ! 早く消せよ!」
「消すわけねーよ! もう保護してあるんだからな保護」
「はぁあ!? じゃあ保護解除してやるよ!」
「ふざけんな。俺はこの絵を見て笑いながら死ぬって決めてんだ」
「なに勝手に決めちゃってんの!? それ俺の黒歴史」
テーブルを挟んで手を伸ばすがひょいひょいと交わされてしまう。わかった、もういいから、とりあえずその画面を消してくれ。
ここがカフェだということも忘れてぎゃあぎゃあと騒ぐ。無理無理無理、だってあの絵おかしい恥ずかしい。……てか、
「っく……あはっ」
へたっぴな絵に、達筆な字で書かれた俺の名前という図に笑ってしまう。つーかなんだよこの絵! シュールすぎるだろ
「ははっ、もうなに、あはっ、早く画面変えてよ!」
「ふっ、変えるわけねーだろ。あ、そうだ。待ち受けにしよう」
「は、やめてよ! ははっ、シズちゃんが携帯開けなくなっちゃう」
「俺はこの待ち受けで腹筋を鍛えるんだ」
「なにその新しい筋トレ方法」
こんなくだらないやりとりがすっごく楽しかった。けどとりあえずあの写真は消してほしい。待ち受けにするとか羞恥プレイ以外の何物でもないんだけど。今年は、お笑いの秋かな。
それから幾分か月日が経って、
シズちゃんは死んだ。
は? ってなるよね。急展開すぎるよね。偶然だったんだ。ほんと偶然、いいとこ撃たれちゃったらしくて。
新羅から連絡があって急いで現場に駆けつけた。警察はまだいないようだ。そこは普段は過疎気味の路地だというのに、今日は賑わっていて、人混みを掻き分けて中心に立った。
「臨也……僕、偶然通り掛かって、静雄が……応急処置はしたんだけど全然意味がなくて……」
新羅の動揺したような声が耳にぼんやりと入る。ここまで付き合ってきて、こいつのこんなに動揺した喋りは聞いたことあっただろうか。
「シ、ズちゃん……」
俯せ状態で倒れてる彼に近づいた。手に触れてみたら、すごく冷たくて驚いた。嘘でしょ。本当に死んでんの? この人。俺がどんなにどんなにナイフを振るったって、他人を使ったって、どうにも出来なかったのに、偶然で、こんな簡単に死ぬもんなの?
シズちゃんの手には携帯が握られていた。真っ暗なディスプレイを見て、適当に一つのボタンを押したらそこに映し出されたのは、 あの時の絵だった。
「っ…………」
その瞬間ぶわっと涙が溢れ出した。馬鹿じゃないの。本当にこれ見ながら死んだのかよ。お前の人生がこれで締めくくられたんだぞ。いいのかよ。それで満足なのかよ。なんで、笑いながら目を閉じてるんだよ。
「シズちゃん、しずちゃんっ……」
こいつ、本物の馬鹿だ。どうしようもなく救いようのない馬鹿だ。でも、好きだよ馬鹿。鼻の奥がつんと熱くなって、頭が重い。まるで痺れたかのように。涙が止まらなくて、俺は、ずっとシズちゃんの名前を呼んだ。
風が冷たい。季節は、秋の終わりだった。もう冬が来る。
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