俺は今までで人をこんなに嫌ったことなんてなかったな。高校で出会って、それからずっと喧嘩を続けて、今だって、会う度に喧嘩して。なんて不毛なんだろうって思うよ。なに一つ変わりなくなにも成長していなくてそれでも喧嘩を続けるなんて。
 彼にとって俺は嫌悪の対象でしかないだろう。俺だってもちろんそうやって見てきたつもりだったよ。でもね、それは違ったみたいだ。俺は彼のことを確かに嫌悪してるけど、最近になってその感情は増してくんだ。彼が変わってく度にこの感情は増幅してくんだ。彼の笑顔を見る度に彼が誰かといるのを見る度にこの感情は、どんどん俺の中で存在感を増してくんだ。彼が幸せになってく度に俺はどんどんどんどん、不幸せになってく気がして仕方ないんだ。そんなの馬鹿らしいというか悔しいし思いたくもなかったけど確かにそうであって、彼が幸せになってく度に俺が駄目になってく気がするんだ。
 ねえシズちゃん、最近は昔みたいに俺を追い掛け回して来なくなったよね。というか俺がいること自体、気づかなくなったよね。シズちゃんの周りには人が増えて、その人たちに埋もれて俺が見えなくなっちゃったかな。ねえシズちゃん、前だったら仕事も放り出して俺だけを見て追い掛けてくれたよね。それなのになに真面目に働いちゃってんの? そんなのシズちゃんらしくないよ。感情のままに突っ走るのがシズちゃんでしょ。理性で自分をとめるなんて違うよ。全然シズちゃんじゃないよ。ねえシズちゃん、忘れちゃったの? 俺、君にひどいことしたんだけどな。そんなことにねちねち執着してても意味ないかな? 確かにそうだよね。でも、

 俺はつまらないよ。シズちゃん。


「いて」

「……なにボケッとしてやがる。早く出てけ」


「ひど。俺、まだ立てない」

「投げ飛ばすぞ」

「最悪」


シズちゃんってひどいね。こういう行為に関しては少しは優しくなってくれると思ったんだけど、全然だった。変わらない。でも多分、もちろんのことだけどこれが俺じゃなかったらもっと優しかったんだろうな。俺だから乱暴にするんだ。そういうものだ。それに、終わったら終わったでさっさと追い出されちゃうし、これが、俺以外の人だったら泊まらせてもらえたりしたんだろうな。俺だからいけないのか。


「おい」

「なに」


「出てけ」

「だから、動けないんだって」

「じゃあ無理矢理追い出す」


ひどいなあシズちゃん。追い出すって言っても優しくお姫様抱っこしてくれればいいものの、首根っこ掴んでずるずる引きずるなんて。苦しいんだけど。そのまま本当に追い出されちゃって、扉を閉められた。ひどい なあ。でもだって歩けないのは本当だから、ずるずると座ったまま扉に寄り掛かった。外の空気がひやっとしていて余計虚しさが煽られた。寒い。冷たい。さっきまであんなに熱かったのにその熱をすべて奪っていくように風は吹く。やめてよ。奪わないで。シズちゃんからもらった熱がどんどん飛ばされて俺の身体は冷えてゆく。その寒さの中に、熱を思い出させるような香りが した。


「あ……」


扉から、微かに匂った煙草の香り。それは、今彼が扉越しにすぐ側で煙草を吸っていることを語っていて涙が出そうになった。俺たちは、この扉一枚を隔てて側にいるのか。煙草の匂いを嗅いだ。逃さないようにすんすん嗅いだ。やがてそれはなくなって、去っていく足音がした。

 シズちゃん。俺だから、駄目なの。俺以外の人には優しいじゃん。じゃあ俺が俺じゃなくなればいいの。俺が俺じゃなくなったら、そしたら俺はなにになるの? そんな俺なら愛してくれるの。例え俺が俺じゃなくなっても、俺は愛されたかった。それで俺のことを愛してくれるなら、俺は、変わるよ。
膝を折って体育座りになって、顔を埋めた。すんすんと今度は煙草の香りを嗅ぐ意味じゃなくて鼻が鳴った。
 俺は嫌いだシズちゃんが。大嫌いだ。でもね、それでこんなこと言うのはなんだけどね、俺はね、初めてこんなに人を愛したかもしれないんだよ。

 ねえシズちゃん。







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