「さむーい!」

「海に行きたいって言ったのは誰だ。お前だ。文句言うなら放置して帰る」

「待て待て。俺金持ってきてないから帰れない」

「じゃあ大人しくしてろ」

「ぶー」

「き も い」

こんなくだらないやりとりをしている俺たちは、言葉の通り海なうである。ちょっと前までは異常なほど暑かったというのに急に涼しくなるものだから寒がりの俺にとっては地獄だ。しかも今日に限って半袖パーカーなんぞを着てしまった。完っ全に服の選択をミスった。しかもシズちゃんが車で連れてってやるなんて言うものだから、俺は手ぶらだ。携帯だけはポケットに入れてるが。

「……海ってさあ、ロマンがあるよね」

「あ?」

「シズちゃん! 二人きりの追いかけっこしよう!そして俺たちの愛を深めるんだ!」

「断る」

「ひっどー! 海に来た意味ないじゃん!」

「は? 手前は追いかけっこをするために海に来たっつーのかよ!」

「そうだよ! うへへあひゃひゃみたいなノリで砂浜を走って俺を捕まえたらなにしてもいーよー的な台詞を言ってみたかったの!」

「笑いかた明らかにおかしいだろ」

「ぶー」

今日のシズちゃんなんか冷たいなー。俺が悪いのか? だってドラマで見たワンシーンが忘れられなくてシズちゃんと実現してみたかったんだもん。あれをすればラブラブに見えるじゃん。これで俺たちはドラマの主人公だ。

「追いかけっこくらいいつもしてんだろ。池袋で」

「海じゃないと意味がないの。ねえお願い。しよ?」

「……捕まえたらなにしてもいいんだろうな」

「もちろん!」



「待て臨也あああ!!」

「あひゃひゃ! 俺を捕まえてごらんなさーい」

「うへへへ捕まえたらあんなことやこんなことしてやるぞ」

「シズちゃんてばえっちなこと考えてるでしょー」

そして追いかけっこをしている俺たちである。なんだかんだ言って実現してくれるシズちゃんはなんて優しいんだろう。俺はスキップするような気分で砂浜を駆け抜けた。周りの人はもちのロンちゃんで唖然としている。でも関係ない。俺たちは今ドラマの主人公なんだ。ここは俺たちのために用意された舞台で周りの人間は皆、エキストラなのだ。

「お前、無駄に足は速いし顔はいいし性格も意外と可愛いから困るんだよ!」

「シズちゃんだって無駄に声いいしかっこいいしピュアだから困るよ! 思わず足を遅めて自ら捕まりに行きたいくらいね!」

「じゃあおとなしく捕まれ!」

「それは遠慮しとこう!」

あ、カメラはどこだろうか。サービスにカメラ目線でピースしてやろうと思っているのだが。カメラがない。何故なんだ元からこのシーンは使う気がないと? でもいい。シズちゃんに追いかけられてるだけで幸せだから!

「待て……はあ、ちょ、マジで疲れてきた! 足! 足止めろ」

「だめだよーそしたらシズちゃんにえっちいことされちゃう!」

「それを誰よりも望んでんのは手前だろーがああ!」

がしっ。しまったと思った時にはもう遅い。俺の腕はシズちゃんに掴まれてしまった。

「あっちゃー」

「さーてと。なにしてやろうかなー」

「……できれば放送できる内容のものでお願いします」

シズちゃんなら鼻血を垂らしてしまいそうな笑顔をニコッとかわいらしく向けたのだが、ニヤッと笑ったシズちゃんの頭の中にはさまざまな妄想が巡っているのか、視線はこちらを向いているというのに俺を見てないように思えた。

「あ! そーいえば、そのバーテン服暑くない? 走ったから汗びっしょりでしょう」

「そうだなあ。汗びっしょりで気持ち悪いなあ」

「じゃあさ、今から買いに……」

「ってことで脱ごう。そうしよう」

「え、なに言って……だめだよシズちゃん。テレビで放送できる程度に」

「お前も脱げ!」

「アッー!」

脱衣所にあるシャワールームまで抱えられ、俺はそこでパーカもズボンもなにもかもを脱がされてしまって見事にシズちゃにいただかれた。そしてなにしてもいーよーと言ったからには抵抗できない俺である。
 しかしこれは放送できないだろ……なんたって男同士の性行為だぞ。どうやってこのシーンを表すのだろうか。絶対に見なければ。帰ったら予約しとこう。

「……ずっと思ってたんだけどよ、お前ドラマとかカメラとかなに言ってんだ?」

「あれ? なんで俺の考えてることが分かった」

「分かったもなにも声に出てる件」

「やっちまったぜ」

ちくしょうバレてたのか。ということで俺の儚い妄想はここまでだ。頭の中でもシズちゃんと共演して視聴率100%を取った出来事を思い浮かべただけで幸せだったよ。ありがとう頭。

「俺は海のような人間になりたかったな」

「なんで」

「広く浅くもあり深くもある人間関係を築いていきたいということさ」

「意味分かんねえよ」

「分かってくれ」

「海みたいなでっけえ人間になんな。俺のサングラスになっとけ」

「あはは。やだ」

「ふざけ」

外に設置されているシャワールーム。だから空から太陽の光が射し込んでいる。やばいなあ。日焼けしちゃう。ボケーっとそんなことを考えているが口がら漏れる言葉は別だ。きっとシズちゃんだって。どこか上の空でいた。てか俺のサングラスになれってなにそれプロポーズ?

「俺だって海みてえな人間になりたかったよ」

「シズちゃんがぁ!? 無理っしょ!」

「よし殴る」

「タイムタイム。ちょ、待った」

またまた俺は逃げるようにシャワールームを出た。太陽に照らされて海、空、辺り一面に優しげな光がふわりと拡がっている。

「ほらあー。海はこんなに綺麗なんだよ? それなのに殴るとか言ったらいけないでしょ? めっ!」

「とりあえず黙れ」

「まあ、さ。俺がなにを言いたいのかと言うと、海はみんなのものなんだよ」

「全然分かんねーよ」

「シズちゃんは俺のものでいいの。だから海のような人間になっちゃだめだよ?」

「……なんで手前に指図されなきゃいけねえんだよ」

「シズちゃんは俺のものだからー」

「まずその口調やめろ」

いつも通りに喋ったつもりなんだけどな。てかシズちゃんっていちいち俺について突っ掛かりすぎだと思う。ああそうかそれはあれですか。好きだからってやつですか。気分が良くなった俺は口調を変えてみた。ぶりっこ風の口調に。

「シズちゃんわー、俺のものなのっ!」

「……あ?」

ん? なーんでイラッとしちゃってんのかな。普通可愛いなとか思うでしょ今のとこ。

「んだよ今の。きめぇな」

「失礼な!」

ロマンもなにもない。せっかく海に来たというのに全くもっていつもの俺たちとは変わりがないな。ま、場所が変わっても人が変わったわけじゃないからな。

「……帰るか」

「了解」

俺たちお互い、海のような人間になるどころかこれでは川のような人間にもなれてない。いいさ別に。なんてったって俺らは主人公なのだから。







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