小学生の頃、俺は周りから明らかに浮いていた。目つきが悪く、俺の感性は小学生と言えるものではなく、それのズレで誰とも仲良くできなかった。ある日同じクラスの奴らにボコボコに殴られた。理由なんてないと思う。小学生の悪ふざけで、浮いている俺をターゲットにしたんだろう。
 後日、学校には父さんがやってきた。

「うちの子が、この学校の生徒に殴られたと聞きました」

担任の先生と、何やら真剣に話していて、そしてその日、俺を殴った奴らは親と一緒に家を訪れ、謝ってきた。父さんが、助けてくれたのだ。
それからというもの、俺の味方は彼だけだった。何かあればすぐに頼り、悲しい時は頭を撫でてもらった。が、

中学生になってからだった。

妹たちは、もう眠りについただろう。母さんは仕事で海外に行っていて、家にいなかった。風呂上がり、父さんの部屋に呼ばれたので行ってみたら、そこにはドレス。淡い色をしたピンクのドレスがあった。

「父さん……用ってなに? ていうかこのドレス……」

「臨也、これを着てみなさい」

「え……?」

「お前は、肌も白いし、女顔だし、きっと似合うぞ」

「え、でも……俺、男だし」

「父さんの言うことが聞けないのか?」

「……着るよ」

なんだかおかしい。そう感じたが俺は渋々とそのドレスに着替えた。最中、ずっと父さんに見られていて、着替えずらかった。

「臨也、お前は綺麗な子に育ったな」

ドレスを身に纏った俺の姿を見るなりにやにやと笑って、それから腕を引っ張ってきてベッドにドサリと押し倒された。

「や、だ。なに、父さん、なんかおかしいよ……?」

「すっごくすっごく綺麗だよ」

「や……やだ、やだ!」

顔が近付いてくる。俺は意味が分からなくて、恐怖を感じて抵抗した。

「あ、父さん、やだあ、やだあああ!」

ドレスの中に手を入れられた瞬間、ぷつりと何かが切れ、俺はボロボロと涙をこぼした。

「泣くな、黙れ!」

バシン! 頬をたたかれた。その手は、俺が好きな手だった。



「おはよー臨也」

「ああ……新羅、おはよ」

次の日、朝、目覚めたのは父さんの隣だった。恐ろしくて、逃げるように部屋を出た俺は制服に着替えて荷物も持たずに家を出た。

 中学になってから初めて出来た友達がいた。こいつも相当の変わり者でいつも俺と一緒にいた。朝から様子のおかしい俺に気づいたようで眉を顰めている。

「どうしたの? なんか元気ないね。てか頬、え!? 真っ赤じゃないか!」

「……ちょっと、ね」

「……これは、誰かにぶたれたような痕だね。ちゃんと何かで冷やすといいよ」

勝手に頬に顔を寄せてくる新羅。一瞬、昨日のことを話してしまおうかと思った。誰かに話さないと自分ではどうすればいいか分からなかった。

「新羅……」

「ん? なに?」

「……なんでもない」

でも、踏みとどまった。これを誰かに話してアドバイスを貰ったって、なにも変わる気がしなかったんだ。意味がないように思えたんだ。
 そしてまた繰り返しで、俺は、毎晩毎晩父さんに荒い性行為をされ続けたのだった。



高校生になって、俺は妹を連れて家を出た。父さんから離れるなんて、昔だったら有り得ないことだったけど、夜、すごく安心して眠れて少し泣いた。父さんと離れて良かった。これで、俺の日常が戻ってくる。

だけど、戻ってこなかった。むしろ離れた。

「おはよー臨也」

「…………」

「臨也?」

「……新羅」

ひと言で言えば、依存するものがなくなったんだ。父さんにヤられるのが俺の毎日だった。嫌だった。怖かった。でも昔の優しい父さんが消えなくて、その存在がぽっかりとなくなったことで、俺は今の生活がよく分からなくなっていた。

「最近、眠れないんだ」

そう。眠れたのは最初だけ。今は、何も考えることがないというのに、ただただ起きている日々だった。父さんのいない毎日は俺の中で違和感へと変わっていった。

「なんで? なにか原因と思われることはないの?」

「原因、か」

それでもやっぱり話せなかった。帰りに新羅の家に寄って睡眠薬をもらって、それで終わりにした。

ちょうどそんな時期、彼に出会った。
俺のことが気に入らないという彼は、ものすごい力で、金髪で、それでいて優しかった。実際俺に対して優しかったことなんてないけど、見てれば分かった。

「はあ……」

朝っぱらから靴箱で会ってしまい殴りかかってきた彼から逃げて、やってきたのは屋上。もう1時間目始まるけどいいや。サボろう。太陽がジリジリとコンクリートの地面を焼いて暑かった。
少し眠ろうと思い、ポケットから睡眠薬を出してそれを10個、手に取った。

「あ? お前なんでここに……」

飲もうとしたところで、俺に影がかかり、横を見上げるとさっきまで怒り狂っていた金髪

「……シズちゃんこそ、もう授業始ってるよ。馬鹿は出た方がいいんじゃんない?」

「は? 手前殴られてえのか……ん?」

またキレるのか……と思っていたが、シズちゃんは、俺の手元を見て顔を歪めた。

「お前……なんだよそれ」

「え? なにって、睡眠薬だけど」

「多くねえか。んなに飲んだらおかしくなるぞ」

「別に、いつもこのくらい飲んでるし」

新羅にはもちろん言ってないけど。こんなのばれたら薬がもらえなくなる。
俺は、常に思っていた。薬を大量に飲んで、眠って、そのまま目が覚めなかったら、と。きっと目の前にいる男もそれを望んでいるだろう。だから構わずに口に入れようとしたのに、

「ばっ……なにしてんだお前!」

シズちゃんは焦ったように俺の手を掴み上げた。薬は、地面へぽろぽろと落ちた。

「……なにすんの」

「馬鹿、なに飲もうとしてんだよ」

「眠ろうとしたからだよ」

「一生眠ることになってもいいのかよ!」

「別に、なんでシズちゃんがそんなに熱くなってるわけ? 関係ないでしょ。ほっといて。もうどっかいってよ。俺のことにいちいち口出ししないで。早く俺の前から消えてよ!」

どんどん感情が高ぶる。こんなに叫ぶと、乱暴にされると、

「はっ、やだ、手、離して。離してよ! やだ。やだ!」

フラッシュバックする。あの時のことが。

「お前……なんか様子が……」

「やだ! やめて、離せっ! やだ、やだ、離せ!」

父さんの優しい手は、こうして俺を掴みあげたこともあったな。そして、抵抗する、俺。

「怖い……やだ、なんで、優しかったのに……」

「臨、也?」

俺は、あの夜以来に泣いた。安心できた夜。でも、いないとやっぱり寂しくて、なにを思って生きればいいか分からなくて、それでも泣く気力もなくて。それなのに、こんな奴の前で、泣くなんて。

「俺は、どうすればいいの……」

「……っとりあえず泣き止めよ!」

ぎゅううと抱きしめられた。こんなことされたのも何年振りだろう。シズちゃんに俺は縋りつくようにして泣いた。泣き止めって言ったくせに、もっともっと泣きだした俺の頭を撫でてくれて、ああこれだ。俺が好きな、優しい手。

もう、あのドレスは着なくていいのかな。俺はそれからよく眠れるようになった。







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