今日もたくさん海で遊び、夕方頃に電車に乗り池袋への帰路を辿った。
「海水飲みすぎて喉痛い……ああセルティ! 君にこの痛みを癒されたいよ!」
「新羅うるさい」
帰りの電車の中、俺、シズちゃん、新羅、ドタチンという順に並んで座っている。夏休みということもあり、先ほどまではとても混んでいたけれど、今はちらほらしかいない。傾き始めた夕日の光が電車の中に射す。
「ふあー……俺なんか眠くなってきちゃった」
柔らかなその色に欠伸を一つする。ちょっと照れ臭かったけど、隣のシズちゃんにもたれるように体を預けた。眠くなるのも無理はないか……なんてったってこんなにはしゃいだのはいつ振りって感じだから。優しく頭を撫でてくれるその温度に安心して、俺の意識はすぐに夢の中へと沈んだ。
「おい、臨也……」
意識が浮上したのは、池袋に着く一駅前だった。
「あ……おはよ」
「もう着くよ」
新羅が顔を覗かせてそう言う。いつもの笑顔だった。……でも、なんか違うような気がする。というか、新羅だけじゃなくてシズちゃんもなんとなくおかしい。ドタチンまで……。
「みんな? どうしたの?」
思わずそう問い掛けるとシズちゃんが眉をひそめて何かを言おうとしていて。それを遮るように新羅が「なんでもないよ」と言った。
いや、なんでもなくないだろ。まったく状況が読めない。意味が分からない。え、なにこの空気。
「あ、ほら着いた! 降りるよ」
俺の思考を遮断するかのようにまた新羅が言葉を発する。明らかにわざとらしすぎる。
「おい、新羅なに隠して……」
「臨也の家は新宿だよね。ここの階段下りれば山手線に行けるよ」
「……」
おかしい。
ドタチンはシズちゃんを宥めるようになにかを言っているし、シズちゃんは俺と目を合わせないし……てかなんか怒ってるっぽい。
新羅の様子を見るに教えてくれる空気はない。今は帰るしかないだろう。そう判断した俺は軽くため息をつき、まあいいや。と、本当にどうでも良さそうに言って階段を下りた。――まあ帰るつもりはないんだけど。
少し下りたとこで後ろを向いたら、新羅たちはもう行ったようで、俺は階段を上った。
後をつける。なんてことは簡単だ。息を潜めて彼らの後ろを歩く。ある程度距離を開けて、でも話し声は聞こえるように。人混みを上手く使ってバレないようにする。……こんなこと、したくないけど教える気はないようだから。俺が寝てる間になにがあったんだろう? 新羅の声が聞こえる。
「……静雄くん、大丈夫かい?」
「大丈夫……? んな訳ねえだろ! 俺のせいで臨也は……」
「静雄落ち着け。とりあえずどこか人が少ないとこに行くぞ」
臨也が……? 俺が、なに?
駅から出て細い路地に入ってった三人に俺は壁にくっついて様子を伺う。
「しかし、驚いたよ。……多少は知ってたけど、相手があんなにしつこい奴だったなんて」
「新羅てめぇ知ってたのかよ! なんで教えねえんだよ!」
「僕だって最近知ったんだ! それに、君がこうなるのは分かってたことだし、言えるわけないだろ」
「っ……くそ!」
なんだなんだ。決定的な言葉が出てこなくて全然分かんない。
そこで、無言だったドタチンが口を開いた。
「臨也には、俺達が知ってるってことは知られないほうがいいよな」
「そうだね……あ! 着信履歴消しとけば良かったな……しまった」
着信履歴? その言葉を聞いて携帯を開いた。
「臨也……ちくしょう……」
ガンッ! と固い壁を殴る音がする。次にシズちゃんが言葉を発するのと同時に、俺は着信履歴を見た。
「俺のせいで臨也に辛い思いさせてたのかよ……」
そこに表示された名前は、3ヶ月前、俺にシズちゃんを潰すよう依頼した、忌ま忌ましい名前だった。
1008202301
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