その言葉を聞くと、彼は訳が分からないという顔をした。当然だ。いきなりそんなこと言われたって何がなんだか分からないだろう。
「……は?」
「そうだね、俺が君に本当の気持ちを言ったことなんて、なかったかもしれない」
「……なに言ってんだよ」
「言葉のまんまだよ」
彼の目が、段々と焦燥したものに変わってきた。潔く状況が飲み込めてきたのだろう。
「根本的なところから言うと、君を好きだと言ったことは嘘だ」
「……!」
目が、大きく見開かれた。俺は余裕のある表情を作って、薄く笑う。
「な、んで」
「なんで? 君みたいな人騙すのがおもしろそうだったから」
「嘘だろ臨也……」
「今は嘘じゃないよ」
顔色が青くなっている。こんな彼を見たのは……俺が彼の部屋から飛び出した時以来だ。二日前の話なのに、ずいぶんと遠く感じる。
「信じられねえよ……」
「別に信じようが信じまいが勝手だけど、現実は見てほしいな。君に抱きしめられた時、キスされた時、泊まった時、……正直嫌で嫌でたまらなかった。あと、心の中で男にこんなに本気に君を見てつねに笑ってたよ。俺に夢中になる君は本当におもしろかった」
馬鹿にするように言ってやると、口をパクパクして、そこからは声も出ていなかった。俺は、ずきりと痛むなにかを感じた。
「……こんな君を見れて、楽しかったよ」
終わりにしよう、そう思い最後の行動に移ろうとしたがそれは急に動き出した彼によって阻まれた。
「っ……!!」
「お前がっ!」
「っつ……」
肩を掴まれて、その腕に込められた力が強すぎて顔を歪めるがそれが緩むことはなくて。声を荒げたと思ったら次の声は、泣いているように掠れていて、無理矢理出しているように聞こえた。
「お前があの時言った言葉も嘘なのかよ……」
くしゃっと歪められた表情に思わず俺も眉間にしわが寄ってしまった。
「あの時って……」
「キレてる俺の方が好きって、自然だって、言ってくれたじゃねえか……それも嘘なのかよ」
かたかたと腕が震えているのが伝わる。相変わらずの力を込めたままのくせに、怯えている。
嘘じゃない。あの言葉は本当だ。あの時はまだ彼を潰そうとかなかったし、俺はあの彼の方が自然で好きだと思ったから。本当に。
そう言ってやりたかったのに、
「嘘だよ」
彼は、力なく俺の肩を掴んでいた腕をたらした。
俺も、何故か体に力が入らなかった。
目が、合わせられない。あっちもこっちを見てないと分かっているのに見れなかった。
ちらりと横に視線を投げかけると、そこには変わらず三つの影があった。
やらなければ。
重たい体を動かす。それはゆっくりとした動作だった。無気力な彼を再び海側まで寄せた。
「さよなら。シズちゃん」
最後には、また俺は余裕を気取った笑みを見せた。実際はどうだったのか知らないが。
そして――
トン
彼の上半身を軽く片手で押した。
最後の最後で目が合ったが、彼は有り得ないという顔をしていて、俺へと腕を伸ばしたが届かず。そのまま東京湾へと落ちていった。
1007222300
|