獣たち
 好みの女の子の話なんかは、男子同士で集まるとき鉄板の話題だった。
 好きな女優に例えたり身体の特徴を並び立てるみんなに混じり、僕は曖昧な事を言って明言を避けた。恋をしたことが無いから分からなかったんだ。可愛いと思う女子はいても結局そこ止まり。わざわざ自分が頑張って落としたいとも思えなかった。
 ただ、隣に並ぶなら下品じゃない女の子が良いと思う。身なりがキチンとしていて、汚い笑い方をしない仕草が綺麗な女の子。手が美しかったらもっと素敵だ。
 それから、できればずっと僕のそばにいてくれる子。僕が不安になったり寂しくなった時、そっと寄り添って『大丈夫だよ』って言ってくれたら最高だ。
「不二くん? どうしたの?」
 目の前にいる彼女の何がいけないのか、よく分からなかった。
 島崎まどかに告白され、それから暇さえあれば彼女と行動を共にしてる。人はこの状態を「付き合っている」と言うのだろう。
「ううん、なんでもない」
 心配そうに眉を寄せる美貌の女へ微笑みかけた。
 僕もそこそこ見目には自信があるけれど、それでも島崎まどかを彼女にするとなるとそれなりに見劣りするんじゃないかと心配する。彼女は欠点を探すのが難しいほどに完璧な外見の女だった。育ちが良い所為か立ち振る舞いは高貴そのもの。中学の時校内新聞インタビューで僕が『タイプの女性は手が綺麗な人』なんて答えた所為で、ハンドケアも欠かさず行っているらしい。自分磨きができる素敵な女性だ。
 島崎まどかは、僕が裕太を失ったのと同じ時期に親友と連絡が取れなくなった。僕たちは似た傷を抱えた同志、ただそれだけの関係だった。それを彼女が変える決心をして僕のそばにいてくれたんだ。
 少し前まで、僕が心の底から望んでいたのはこの関係だったはずなのに。

「えー、今日は千代田から大切な話がある」
 朝のホームルームで突如告げられたのは、千代田が来年ここから消え去るという知らせだった。
 その言葉は明らかに僕へ向けられたものなのに、彼女は僕だけを見ない。僕にだけ伝えればいい話を、彼女はこんな大人数の前で大々的に告げる。
「短い間でしたが、こんな私に良くしてくださってありがとうございました」
 深々と一礼した彼女へ、温かな拍手が送られた。僕はそれに便乗できるはずもなく、ただ呆然とその光景を見つめるばかりだ。
 何が起こっているのか理解できなかった。何より多大なショックを受けている自分自身が一番信じられなかった。あんな、決定的な別れをしたのに? これ見よがしに千代田の前で島崎と親しげにしたのに?
 千代田渚はきっぱり諦めたはずだった。彼女は僕が探していたものとは違う。そんなに周りが怖いなら一生ひとりでいろとも思った。僕はイヤだ。大多数の人に嫌われたって、たった一握りの宝物と出会いたい。僕を受け入れてくれる居場所が欲しいんだ。そして、それは千代田渚ではない。
 なのにどうして、こんなにも。
「不二周助っ!!」
 昼休み。屋上へと続く階段の窓から顔を出し雪景色を見ていると、下の階の廊下から甲高い怒声が反響した。面倒くさそうだと思って気配消してみるがそれも無駄で、彼女は目敏く僕を見つけて階段を駆け上がってくる。
「……なに?」
 僕が立ってた踊り場まで上がってきた彼女は、仁王立ちでほとんど目線が同じ僕を真正面から睨み付ける。開いた窓から風と一緒に雪が舞い込んできた。
「千代田渚が戦ってる」
「……は?」
 彼女はその瞳にいっぱいの涙を溜め、それでも泣くまいと唇を噛みしめていた。彼女はいつもそうだった。自分がどんなに傷ついても、根も葉もないウワサを立てられても、その綺麗な脚をしっかり地につけ踏ん張りながら生きている。
 人間として羨ましすぎたから、恋愛対象として見れなかったのかもしれない。
「惚れた女にばっか戦わせてんじゃないわよ!! しっかりしなさいっ!!」
 ほら。やっぱりキミは僕のために、僕を突き放す。
 黙っていればキミの恋は叶うのに、彼女は自分の気持ちなんかよりも僕がカッコよくあり続けることにこだわっている。そういうところが大嫌いだった。
 でも、今回は僕が悪い。
「ねぇ、千代田が誰のために戦ってるか分かる?」
「……えっ?」
 僕は制服のジャケットに手を突っ込む。右手の指先で冷たくツルツルとした細長い物体を捉えた。プラスチック製のそれはUSB。
 いけないことだと分かっていた。ただ、彼女が書いたものを読めば少しは気持ちが分かるかと思った。その結果、大火傷を負う羽目になったが。


 自宅に帰り、そのUSBをパソコンへ差し込んで憎い男の名前をダブルクリックする。もう何度、罪悪感と嫉妬に苛まれながらこの行為を繰り返しただろう。
 そこには彼女の経験した理不尽や悲劇が、余すことなく鮮明に書き殴られていた。あまりに壮絶すぎて涙は出てこなかった。
 何度も何度も読み返し、そして彼女の不可解だった言動に照らし合わせていく。絡まった糸が徐々にほぐれ、千代田渚が怖れたもの、隠したかったものが見えてくる。
 僕が、彼女の傷を抉ったことも理解できた。
『……もしもし』
 ベッドに腰掛け、暗い室内で携帯を手にする。耳元からは久しく聞いてない硬い声が聞こえてきた。その時は丁度夜中の3時、向こうは夜の7時だろう。
「ねえ、何してた?」
『……ルームメイトと食堂で夕食を食べてきたところだ。何か用か?』
 耳をすませば背後が少し騒がしい。かつてのライバルは遠い場所で順調に同志を増やしているようだった。
 ちゃんと安心してあげられるってことは、僕も少しは成長したのだろうか。
「ねぇ、もし僕が手塚の左手を潰したら。手塚はどうなる?」
 問いかける声は少し震えた。
『……どうもこうも、前提が分からない。何がどうなったらそういう状況になる?』
「例えばだよ例えば。……僕がキミの成功を妬んで、そういう凶行に出たとしたら?」
 千代田、僕はね。
『……お前と、お前をそこまで追い込んだ自分を呪いながら生きるんだろうな』
 宇田川翼さんの気持ち、痛いほど分かるよ。
「うん。そうだよね」
 見えてるはずないのに、手塚に向かって無理やり笑みを浮かべた。
 世界中の人間から好かれたいわけじゃない。ただ、僕たちみたいに弱くて中途半端に器用な人間は、どうしても強い輝きを放つ人間から忘れられたくないんだ。一緒にいたい。仲間外れにされたくない。
 置いていかれるのが、怖かっただけなんだよ。
「ねえ、手塚」
 ベッドに背を預ける。目尻から一筋生ぬるい水滴が零れ、こめかみを伝い頭の方へ流れていく。全身の力を抜きながら、目を瞑った。
「助けたい女の子がいるんだ」
 その一言を口に出して言うのに、どれだけの勇気が必要だったか。きっとキミたちには理解できない。
「馬鹿で、鈍くさくて不器用で潔癖で、繊細すぎて傷つきやすくて、いつも被害者づらばかりしてる。すぐに泣くし、見ていてイラついた。でも、彼女のために何かをしたい」
 千代田渚の笑顔を、もう一度見たいと思った。
「こんな気持ち、初めてなんだ……」
 自分のことしか考えてこなかった。独りにしないでとついていくのが精いっぱいで、誰かの支えになれた覚えなんて一度もない。ましてや、自分と離れたがってる人間になんて。
『自分の面倒も見きれない奴が他人を救うというのか?』
 手塚は案の定、冷たい言葉を投げつけてくるだけだ。
『はっきり言おう。そんなことをしている暇があったら選抜大会に控えろ』
「……ごめん。僕にそういう生き方はできない」
 青学のためにコートへ戻った。彼らを優勝へ導きたい思いもある。けれどそれだけで生きることなんて無理だ。僕はやりたいことをやる。自分に嘘だけはつきたくない。
『……お前、本当に悪女に引っかかったな』
「っ、地獄から救ってくれた女に恩返ししたいだけだ!! 何が悪いっ!?」
 受話器越しにも手塚が驚いたのが分かった。手塚に怒鳴ったのはいつ振りだろう。何故か今、千代田に悪意を向けられてすごく腹が立った。
 ああ。これが。
「悪女だろうとサゲマンだろうと関係ない。彼女がいなければ僕は今頃キミと話すこともなかった。青学のジャージもラケットも全部捨ててたよ! 全部全部、彼女のおかげだ!!」
 思えば、僕が鮮明に憶えている千代田渚はいつも優しく、それ以上に頑張っていた。一生懸命で頑張り屋で、僕のことが大好きで。
 見返りなんて、少しも求めていなかったよね。何の打算もなく、ただぼくのためを思ってくれた。
 あれは確かに無償の愛だった。
「……当り散らして悪かったね。じゃあ、また」
 通話を切ろうとボタンに指を伸ばした時だった。
『千代田渚はお前に自己投影していた。今のお前は彼女がなりたかった姿そのものだ。……彼女の望みがなんなのかよく考えろ』
「えっ?」
 唸るような低音が響き、聞き返したがもう遅かった。通話は切られ、物寂しい電子音が断続的に耳へ届くだけだ。


 僕は恵まれた人間だ。父には1年に1回しか会えないが、優しい母と歳の離れたしっかり者の姉に愛されて日々を過ごしている。弟とは離れて暮らしているが関係は良好だ。特に金銭で困ることもなく、運動は得意だし勉強もある程度は楽しいと思える性質だった。友人もそれなりにいたし、他人から嫌われることもあまり気にしない図太い神経を持っていた。良い意味でマイペースなせいなのか、学級カーストから外れていてもなぜか疎まれることもなく、僕はぼんやりと学生時代を過ごしている。そんな僕にも、生きる上でなんら支障が無い大きな悩みがあり、それの所為で眠れない夜があった。
 物心ついたころにはすでに、自分の今居るこの世界と自分自身を上手く結び付けられないでいた。ぼくの周りにいた人間はみんな頑張り屋だった。それは体育大会のリレーだったり、文化祭でやる出し物だったり、美術で作る彫刻や数学のテストの点数、はてまた恋人作りや自分の学校内での地位の向上、良い内申を手に入れるためのゴマ擦り、そして部活。彼らは何かに対してとても一生懸命で、時に自分の思い通りに行かなかった時は泣くほど悔しがっていた。
 僕は絵本に後から付け足された落書きだ。目の前の課題に全力で取り組み食らいつく彼らを、ただ傍から眺めているだけ。

 そんな僕でも、世界へ食らいつきたい理由ができた。
「さっきまでの威勢の良さは何処へ行ったんだい?」
 目の前にはあの日の幸村精市が立っている。やれることは全てやってきた。それでも本番となると思うように動けず、悪夢が蘇り体が硬くなってしまった。少し挑発しただけで面白いくらい簡単に試合に持ち込めたが、これでは意味が無かった。
 僕はまた負ける。あの日のように、少しの抵抗もできず。
 耳鳴りがうるさかった。視界がぼやけ、立っていられなくなる。ゲームカウントは5-0、僕はおそらく最短4球で負けてしまう。動かなければ。それが分かっていたのに足が痺れてどうしようもなかった。
『彼女の望みがなんなのかよく考えろ』
 違うよね。たぶん、これは千代田の望みじゃない。これは僕のわがまま。押し付けだってちゃんと分かってるよ。
 でも、約束しただろう? そこで見ててって。
「我々には確かにチームメイトが存在している。だが、所詮誰かへ挑む時は一対一だ」
 荒い息を繰り返す僕の左肩ギリギリの位置へ、幸村がサーブを決めていく。真田の声が遠くで微かに聞こえていた。
「その真剣勝負に、外部からの手出しなんぞ言語道断。独りで背負い戦う者こそ真の強者だ。……かつてのお前のようにな」
 よろよろと立ち上がろうとしたところに、また足元へ嫌がらせのようにサーブを打ち込まれた。
 あと1球で、また僕は負ける。
「あの男はそれが分かっていなかった。……公私ともに、誰かの傍に居続ける自分を求めた。あれはその報いだ」
「でもっ……誰にだって怖いものはあるっ……それはいけないことなのっ!?」
「ああそうだ。少なくともそんな男が幸村精市に刃向おうなど百年早いっ!!」
 僕のために言い返してくれる、そんなキミが嬉しかった。僕とお揃いだ。
 霞む目を凝らして幸村を睨み、なんとかレシーブの構えをとろうとした。幸村はまるでそれを待とうともせず、高くトスを上げる。僕はギュッとグリップを握りしめた。ネットの向こうにいろんなものが見える。裕太、手塚、越前、先輩たち。
 千代田、やっと特等席から僕を見てくれたね? ちゃんと聞こえてるよ、キミの騒がしい声。
 苦しかったよね。きっと僕みたいに最初から何も持ってなくてずれているヤツより、途中で失ってだんだんずれていったキミの方がずっと、ずっと苦しかったはずだ。
 千代田渚。もしかしたら『僕』だったかもしれない存在。
「打ち返せっ!! 不二ぃいい!!」
 しっかり焼き付けて。これが僕の答えだ。
 捉えたサーブは重かった。言葉にならない叫びをあげてそれを返すと、彼は僕の執念が籠ったリターンを涼しい顔して返してくる。それも反対のコーナーへだ。
 決めさせるかっ。
 全力で走って滑り込み、何とか当てる。それは相手にとって絶好のサービスショットで、案の定彼は放物線の先でスマッシュの構えをしていた。グリップを両手で強く握った。
「甘いっ!」
 キミがね。
 その打球の着地点へと滑り込み、大きく体を捻る。余韻に浸ることなく上体を起こして振り返れば、やはり神の子。慌てず後方へ下がっていた。間に合わせるあたりが王者たる所以なのだろう。
 右サイドへのボレー。
 心臓が高鳴る。僕はラケットヘッドを数センチ下げ、待ち構える。

 自分がこの技を使うのに抵抗が無かったわけではない。思い入れも人一倍ある。この試合で使うべきものじゃないことも分かってた。だけど意地でも傷をつけたかった。例えどんなに小さなかすり傷でも。
 これは宣戦布告だ。いずれ僕は、
「……必ず、お前に一矢報いてやる。首を洗って待ってろ」

 跳ねずに転がってくれたボールを見届けたら、ついあの男のように無愛想な言葉が漏れた。
 それはほとんど反則の1点。手塚に知られたら間違いなく怒られるだろう。本当は選抜大会までとっておくつもりだった。これで立海の参謀あたりが僕の零式対策を講じてくる。
 なら、もっと強くなるまでだ。今度は他の誰でもない、青学のために。
「なるほど。ラケットヘッドが下がったから何事かと思ったら」
 幸村は聞こえよがしに大きな声でそう言いながら、ラケットでボールを拾い上げる。そして続けて低く小さな声で、正面の僕にこう言う。
「手塚の足元にさえ及ばない男が、そう吠えるなよ。お前に俺たちの真似事はできない」
 今にも食い殺してきそうな血走った眼でそう告げる神の子。自分が彼にその表情をさせているのかと思ったらなんだかおかしくて、笑った拍子に力が抜けた。
 眼前には濃紺に染まりつつある空が広がっていた。乱れた息を整えるために、3月の冷えた空気を肺いっぱいに吸い込む。汗を吸ったウェアが体温を下げていくを感じながら、神奈川の空で見えるはずのない天の川を探す。
「おい、もう満足か?」
 すると僕と空の間を銀色が遮った。目を細めて茶化すようにそう言った詐欺師に、僕は少し微笑む。
「ありがとう。十分だ」
「ん」
 立ち上がった仁王が試合終了を告げた。僕は天の川探しを諦め、右腕を瞼の上に乗せて視界を遮る。
 いつまでの昔を懐かしがり、向こう岸を見つめていてはダメだ。僕には成し遂げなきゃいけない仕事があり、そして守らなきゃいけない場所がある。
 ここは絵本の中じゃない。僕が生きる現実だから。
「不二っ! なんで、こんな無茶するのっ!!」
 物思いに更けていると、今にも泣き出しそうな叫び声が聞こえてきた。腕をどかして視界を解放すると、まるで自分が痛い思いをしたかのように顔を歪める千代田がいた。
 1ヶ月以上まともに見てなかったその顔に、思わず顔が綻ぶ。
「千代田だぁ……なんか久しぶり」
「なんでそんな呑気なのっ!! どこか怪我ない? 痛いところはっ? 今月末に復帰戦でしょっ、分かってるの!?」
「うん……頭が痛いかな。手もちょっと痺れる。でももう耳鳴りはしないや」
 でも千代田がいてくれるからもう平気だよ。とは、さすがに言えない。それを言うには僕は彼女を傷つけすぎた。
「大丈夫。もうちょっとしたら動けるよ、きっと」
「……どうして」
 どうしてこんなことしたの。
 そう問いかけてきた千代田渚へ、僕は額の上に乗せてた右腕を伸ばした。その手の先に握り拳を作る。
 そして、彼女の心臓の上あたりへと触れた。
「逃げるなよ」
 ノックするような形で、その胸元を二度叩いた。
「僕に出来たんだ。千代田にもできる。絶対」
 その言葉を聞いた千代田は、懸命に泣くのを堪えて唇を震わせ、お世辞にも可愛いだとか綺麗だとかそういう美辞が似合う女の子だとは言えなかった。
 それでも、僕にとっては最高に愛おしい、たったひとりの女の子だった。
 僕に手放す勇気をくれた、大切したいと思える人。
「うん」
 僕の手を握り、深く頷いた。その手が離れていくのが惜しいと思ってしまったのは僕のエゴだ。
 そして彼女は立ち上がり、その男と向かい合う。

 千代田と入れ違いに僕を見下ろしてきたのは、こんなことに付き合わせてしまったふたりの悪友だった。


「もー……お前めんどくさいよ。そんなに好きならもう一度アタックすればいいのにっ」
 ふたりの肩を借り、僕は立海のテニスコートを後にする。もうすっかり日は沈み、空はあの男の髪によく似た夜の色で染まる。20メートル間隔の街灯と自動車のヘッドライトに照らされながら、僕たちは駅までの道を歩いた。
 ずっと浮かない顔をしているらしい僕に、英二は呆れる。
「うん、そうだね。めんどくさいね」
「……ったく。昔っからそうだよ。いつも自己中なクセに、鈍感じゃなきゃいけないところで繊細になりやがって……」
「へぇ……英二には僕がそう見えるんだ」
 絆創膏を張り付けた顔を見上げる。いつも悪戯を考えているように見える気まぐれな瞳は今、真剣な眼光を帯びて真っ直ぐ前を見据えていた。
「もう女なんてこりごりだろう? 観念して青学のエースに戻れ」
「とりあえずそのイゾン体質どうにかしろって。そうすりゃ千代田なんかより100倍も200倍もいい女が寄ってくるからさ」
 乾が腰を曲げ、窮屈そうに僕を支えてくれていた。英二はいつもより少しだけ高いテンションで喋りつづけている。
「……ごめんね」
 ふたりに神の子へのリベンジ計画を告げた時、ものすごい勢いで反対された。それを強引に押し切ろうとする僕を見て、最初に折れてくれたのは乾だった。
 不二がこれだけ自分の意見を言うのは初めてだ。乾のその一言で英二も納得してくれた。
 毎晩遅くまで練習に付き合わせた。乾のデータで徹底的に幸村を研究し尽くし、新しい技、零式ドロップの習得にも力を貸してもらった。
 こんなところまで連れてきてしまった。英二には小芝居まで打ってもらった。
「頑張るから」
 手塚みたいに上手くできなくても、幸村に何度負けても、戦い続ける。覚悟はもう決まった。
「僕……頑張るよ」
 僕を支えてくれたのは千代田渚だけじゃないから。
「こちらこそ……俺たちの意地につき合わせて、すまない」
 乾が寂しそうにそう言った。英二からの返事は無く、代わりに涙を堪えるような低い唸り声が聞こえた。


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