覚めない魔法をかけて


欲しいのは心の靄を晴らす魔法か、幻想を永遠にする魔法か。


「うぅん……」

「何だ、集中しろ」

「んん〜〜〜〜っ!」

「もう限界か?耐え性のない奴だな」

「ああーーーーっ!無理!もう無理!わかんねぇよこんなの!」

「全く、応用問題となるとすぐ音を上げる。もう少し頭を使ってみたらどうだ」

「うるせぇな、てめーとは頭の構造が違うんだよ!」

 本を読んでいるクリストファーの隣でトーマスは頭を抱えた。目の前には数学の参考書。そう、定期試験が近いのである。
 トーマスは数学・物理・化学といった理数系が苦手であった。文系クラスといえども、それらからは逃れることは出来ない。
 授業のカリキュラムに組み込まれる限り、テストには付きまとわれる運命なのだ。

 それに引き換え兄のクリストファーは文系科目も出来る上に理系専攻だ。この兄を使わないわけにはいかない。
 ということで兄に頼み込んで理数系の勉強を見てもらうことになり、今トーマスは自室でクリストファーに教えてもらいながら数学の問題に挑んでいる。

「計算が合わないのはただお前がここを見落としているだけだ。これが代入できるだろう」

「んだよそういうことかよ…」

トーマスが手こずっていた問題をクリストファーは魔法のように解いていく。

「あー、あとは世界史の問題集をやれば寝れるー」

「世界史の問題集か、お前の年ではまだ解答が配布されていないだろう。答え合わせがしたかったら私の解答集を持って行くといい」

「じゃあ問題解き終わったら借りに部屋行くぜ。…クリス、その…ありがとうな。いろいろと」

「構わない。試験前は詰め込みは程ほどにして、早く寝るようにな」

トーマスはクリストファーが部屋から出て行くのを見届けて息をついた。

 兄を部屋に招いたのは久しぶりだった。少なくとも彼に情を抱き意識し始めてからは部屋に入れたことなどなかった。
 集中ができなかったのは、問題が難しかったこともあったが間近でクリストファーの存在を変に意識してしまったせいでもある。
 意識しないように頑張っていても、距離が近いと苦しい。
 あの数学の問題のようにこの心も解かしてくれたらいいのに。

 考えれば考えるだけ時間の無駄だ。そう割り切り、トーマスは世界史の問題集を開いた。

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