シャークSOS!
神代凌牙は妹の頼みでとある買い物をしに街に出てきていた。
荷物片手に街中を歩いていると、見知った顔が前方にいるのが見えた。こちらに気づいて片手を上げながら歩いてくる存在に、凌牙はあからさまに不機嫌な顔をした。
「よぉ凌牙、何してんだお前。元気か?」
「まあな」
声を掛けてきたのはWだった。ファンの前でする猫を被った仮面を剥がし、悪企みを考えているような笑みを見せた。
「一人にしちゃ多い荷物だな。とうとうお前妹のパシリに成り下がったか」
「チッ。いちいちうるせぇ奴だぜ」
「まあそう言うなよ。どうだ、折角会ったしどっかで飯でも食っていかねぇか?奢るぜ」
「何でてめぇと飯なんか行かなきゃなんねーんだ」
「てめぇより金持ってる自信ある俺が折角飯を奢ってやると言ってんだ。素直に甘えとけよ。相変わらず可愛くねぇ野郎だぜ」
Wとは以前、因縁を付け合い、互いに憎み合っていた。問題が解決すると、憎んでいた反動か彼は妙に凌牙に対し親しげになった。
憎まれ口は叩いてくるものの、街中で会えば必ず声を掛けてくるし、何かと食事などを奢ろうとしてくる。親しい人間に対してはとことん親しくなろうとする、世話焼きで人懐こい性格だった。
凌牙はといえば、Wとは似て非なる性格だった。遊馬や璃緒など、自分が入れ込んだ人間に対しては世話を焼きたがるが、それ以外の人間に関しては驚くほどに淡白だった。
Wに対しては復讐心から執着していたものの、それがなくなった今、彼自身に対してそこまで興味を持つことはなくなった。デュエルを通して実力を認めているくらいだ。
故に、食事などに誘われたりしても、嫌とは言わないが喜ぶわけでもなく、正直なところ妹が待つ家に帰りたいのが本音であった。
「悪いが俺は……」
「どうせ暇なんだろ?日曜だし。行こぜ、んでもってその後は俺とデュエルだ。勿論、受けて立つよなあ?俺の新しいコンボでたっぷりファンサービスしてやる」
「ハッ……どの口がほざいてやがる。てめぇのファンサービスなんざ願い下げだ。返り討ちにしてやるぜ」
「よし、決まりだな。行こうぜ」
Wは凌牙から荷物を奪い取ると、凌牙を誘いに乗せることができて満足そうな顔で歩き出した。
一方デュエルを吹っ掛けられ乗せられてしまった凌牙は、しまったと後悔した。時はすでに遅く、荷物を質に取られている以上付き合う他なかった。
「ナッシュ!」
店に入ると、突然こちらに声を掛けられた。Wは人違いかと思ったが、凌牙は聞き覚えのある声にビクリと反応した。
「ドルべ!」
凌牙は無視すれば良かった、と後悔し、面倒くさそうな顔をした。凌牙に声をかけたドルべは凌牙を見つけて嬉しそうな顔をして二人に寄ってきた。
「その名で呼ぶのは止めろ。俺は神代凌牙だ」
「そうだったな…今はまだ何も知らない、君は神代凌牙だ。だが少しずつ、かつての君に戻りつつある…」
ドルべはバリアンとして、最初は人間である凌牙に対し敵意を剥き出しにしていた。しかし、彼の中で神代凌牙がかつて失踪した友・ナッシュであるかもしれないという可能性を確信してから、ここ最近手のひらを返したように凌牙に接近していた。その中で彼の無意識的なものであるのかもしれないが、凌牙を慕うような態度を見せた。彼にはもう凌牙がナッシュに見えているのかもしれない。
凌牙からしてみれば、唯のバリアンである以上に、自分にとって最も危険な存在であった。ドルべは度々凌牙の前に現れてはナッシュとしての記憶を呼び覚まそうとしてくる。自分がバリアンであるはずがないと否定をしてみるものの、以前見た不思議な記憶…それが凌牙の確信を妨げていた。そして、自分の正体を知りたくないその心が、ドルべとの接触は危険だと警鐘を鳴らしていたのだ。
「おい、てめぇ誰なんだよ。何凌牙に馴れ馴れしく話しかけてんだ」
声を荒らげたWに、ドルべは今まで眼中になかった彼の方をちらりと見た。
「私はドルべ。君こそ何だ?…凌牙と共にいた遊馬とその友人達の中にはいなかったようだが」
「俺はなぁ、凌牙の、」
「唯の腐れ縁だ」
「大方間違っちゃいねぇけどよ、ひどくねぇか?せめてライバルとか…」
「誰が。俺が認めてるのは遊馬だけだ。…ドルべ…もう俺の前に現れるのはやめろ…!俺は…」
「凌牙!私は待っていたんだ…さぁ、私と一緒に帰ろう。私達が帰るべき場所へ」
「やめろ、ドルべ!俺は違う…お前の知っている奴じゃねぇんだ!俺は神代凌牙だ!」
「凌牙…!未だあの記憶に確信が持てていないのだな?大丈夫だ、私がついている。今日こそ全部思い出させてあげよう」
「くそっ…ムカつくぜてめぇら!何のことかさっぱりわからねぇ!俺だけ完全に蚊帳の外じゃねぇかよ!イラッとくるぜ!!」
「おい、Wてめぇ!俺の台詞パクるんじゃねぇ!!」
「当然だ、私は彼の親友…前世からのな。君が入る余地はない」
「は?お前ふざけんなよ、凌牙に友達なんざいるわけねぇだろ!こいつにはなぁ、妹しかいねぇんだ。それは俺が一番良く知ってんだ!」
凌牙をバリアン世界に連れていこうとするドルべと、話についていけず怒るW。次は凌牙を置き去りに、二人が口喧嘩を始めた。
神など信じない凌牙だったが、この状況を打破する人物が現れることを、彼は切に願った。
「てめぇ…凌牙とタメ張れるってんなら、デュエルの腕は勿論立つんだよなぁ?」
「望むところだ…私はなんとしても彼を取り戻す!」
「いい加減にしろ!どっちもナンバーズ使えなきゃ唯の紙束デッキだろうが!」
「ランクバラけて迷走してるお前が言うんじゃねぇ凌牙!」
「よぉシャーク!!それにW!ドルべまでいるじゃねーか!デュエルすんのかぁ?」
お気楽な声。凌牙は、咄嗟に救世主だと思った。声のした方に振り返ると、やはり九十九遊馬だった。隣にはいつものようにアストラルが浮いており、ドルべを見ると怪訝な表情をした。
「デュエルなら俺も交ぜてくれよシャーク!」
「遊馬、これは……」
「遊馬!てめぇは引っ込んでろ!」
「遊馬…そしてアストラル…君も私の邪魔をするというのならここで決着を…」
「遊馬、俺とデュエルをするなら場所を変えるぞ」
「え、デュエルしてくれんのかシャーク!」
「ああ、行くぞ遊馬」
遊馬が来てくれたこれを機にこの場を脱出できると踏んだ凌牙は、Wから素早く荷物を奪い返し、遊馬の手を引いて走り出した。
風のごとく遊馬を連れて走り去った彼に、二人は唖然とする。
「おい、凌牙待ちやがれ!俺とのデュエルが先だぁ!」
「邪魔が入ったか…ナッシュ…私は必ず君を取り戻して見せる……」
「いいのか凌牙、彼らは…」
「いいんだよ。あっちから絡んできただけだからな」
「シャークがいいならいいんじゃねぇ?シャークとのデュエル、久しぶりだなぁ!」
何も知らず、これから凌牙とデュエルができるという唯それだけで楽しそうに笑う遊馬。それを見て、先程までの不毛な争いがどうでも良くなった凌牙は彼に同調して笑みをこぼすのだった。
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