Last Present


「ユート、少しいいか」

 ある日の休日。突然、隼がユートの家にひょっこり姿を現した。宿題が終わったら彼の家にデュエルをしに行こうと思っていたから丁度よかったのだが、どうも彼の様子がおかしい。
 いつも冷静沈着で確と物事を見据える金色の眼の光がひどく弱っている。気のせいかもしれないが、少し顔色が悪いようにも見えた。体調が悪いのだろうか?些細な体調不良など表に出さない彼だが、ここまで弱っている姿は相当だ。ユートはとりあえず彼を家に上げた。ベッドで休むか、と声をかけたものの彼が横に首を振ったので、とりあえず自分の部屋に通して冷たい麦茶を出す。
 隼はしばらく何も言わずにコクコクと麦茶を飲んでいたが、半分減った頃一旦茶を飲むのをやめ、はあぁ、と肺から息をたっぷり押し出すようなため息を吐いた。相変わらず眉は下げられたまま。

「何かあったのか?」

 うつむく顔を下から覗き込み、隼の感覚を刺激しないように努めて柔らかく声をかける。一瞬、彼の身体がビクリと震えた。唇を開いては閉ざすという意味のないことを繰り返し、何か言おうとしているのを躊躇っているようだ。ユートは、彼の唇が言葉を紡ぐまで何も言わずに待った。
 しばらく続いた沈黙の後、ようやく隼が口を開いた。

「明日、瑠璃の誕生日なんだ」

 瑠璃……隼の妹。誕生日。
 彼の口から紡がれたキーワードを拾って、ユートは思い当たる節があるので頷く。

「ああ…そうだったな」

「まだ何をプレゼントするか決まっていないんだ。あの年頃の女子が何を好むのか、俺にはさっぱりわからん」

「……」

「妹の好みがわからない…俺は情けない兄だ」

 ユートは何も言わず、再びため息を吐いて顔を覆った隼を見つめた。
 ただただ返す言葉がなかったのだ。そうだったのか、とポツリと思ったものの、心配して損した、とか、なんだそういうことか、という安易な安堵を感じるには至らなかった。
 ここ最近そういうことがなくて失念していたのだが、隼は少々、一般的な兄よりも妹に対し真摯になりすぎる節がある。瑠璃は両親のいない隼にとって唯一の肉親だからというのもあるが、何より彼は真面目すぎるのだ。
 彼の状況を察するにきっとここ数日間、瑠璃に何を贈れば喜んでくれるか頭を悩ませて決められずにいたのだろう。ユートの友人にも幾人か兄弟を持つ者がいるが、妹の誕生日プレゼントが決まらないというだけでこの世の終わりのような顔をする兄をユートは彼以外に知らない。
 だからといってユートは、そんな真摯に悩む隼をからかったり無下にはできなかった。
 実際、彼がそんなに悩まなくても、瑠璃はきっと隼からの贈り物と言えば喜ぶに違いないのは日ごろの彼らの仲睦まじさを見ていれば明白である。けれど君がくれるものはなんだって喜ぶだろう、なんて月並みな言葉で彼が納得するはずもない。そんな彼ならば、プレゼントで頭を抱えてユートに助けを求めてくることもしないだろう。
 そんなことは解り切ったことだ。彼のそういう真面目で不器用なところも、ユートが好きな部分の一つなのだから。
 それを踏まえて、ユートが隼のためにできることといえば…

「だったら、今から買いに行こう。俺も一緒に探してやる。俺の方が瑠璃とは年が近いから、何か掴めるかもしれない」

 隼を励ますように肩に手を置いて言ってやると、彼の顔はようやく安心したように晴れた。


* * *


 隼が運転するバイクでやってきたのはハートランドシティの中心部。ユート達が住む郊外のデパートよりも流行に敏感な街の方が、年頃の女子が好むものが多いだろうというユートの提案だった。予想通り、ユートと同じ年頃の若者が多く、街は賑わいを見せている。

「隼は瑠璃に贈りたいものの目途は立っているのか?」

 駐輪場にバイクを停める隼の背中にユートは問いかけた。案の定、隼は顎に手を当てて考える素振りを見せたが、そう時間も経たず静かに首を振った。

「いや…全く。だから悩んでいるんだ」

「折角来たものの埒が明かないな、このままじゃ。あ、そうだ…今流行りのファッション誌なんかを読めば何か掴めるかもしれない。俺のクラスは結構雑誌を皆で持ち寄って読んでいる。きっと瑠璃もそういうものに興味があるはずだ」

「そうか、ならばまずは情報収集といくか」

 二人で頷き合い、駐輪場を出て大通りの方へと向かった。
 巷で噂の大道芸人がショーをやっているという広場を通り過ぎて、ハートランドで一番大きなショッピングモールに辿り着いた。ここの1階に本屋があり、上階はファッション店や雑貨店など、いかにも若者が好みそうな店が並んでいる。実際、大通りの人の流れは、このデパートに向かうものが大半であった。そのおかげでテーマパークのように人が混み合っている。
 隼とユートは、慣れない人混みを掻き分け、まず本屋に向かった。
 雑誌コーナーに立ち寄り、各々瑠璃と同じ年代の少女が表紙を飾っている雑誌を手に取ってめくる。隼は不思議そうに雑誌をパラパラと流し読みしていたが、ユートはなるべく表紙が人目につかないように角度などを変えて雑誌をめくっていった。

「こういう雑誌は初めて読むが…女子はこんなものが好きなのか?」

「隼、こっちの雑誌に有益な情報がある…」

「ほう?」

 そう言ってユートが隼に見せたのは、雑誌のある特集だった。見出しには『彼女に贈りたいプレゼント 人気ランキング』。彼女に贈りたい、という名目の記事が何故女性向けの雑誌に載っているのかという疑問はさておき、欲していた情報を引き当てたことに隼の眼が興味で煌めいた。そのまま自身の雑誌を閉じてユートの横から記事を見る。
 顔が近くて息がかかる。
 ユートはそれを意識の隅に追いやって、雑誌の記事を機械のように朗読した。

「『1位はやっぱりアクセサリー。ネックレスや指輪にアナタのイニシャルを入れれば喜ぶこと間違いなし』…」

「ネックレスや指輪…兄の俺から指輪を贈るというのも変じゃないか?」

「指輪となると別の意味合いが大きいからな…だがアクセサリーはありかもしれない。瑠璃も好きだろう」

「そうだな、確かにあいつはよく髪飾りなんかをつけている。しかし、瑠璃はどういったものが気に入るか……」

「それは見てから決めよう。上に雑貨売り場があるはずだ。行こう」

 案内板には6階にアクセサリー店があると書かれている。エレベーターは人で混み合っていてなかなか乗れないからエスカレーターで上階へと上った。
 目的の店は幸い目的階のエスカレーターを降りた目の前にあったため、人混みの中をウロウロと歩き回らずに済んだ。が…、二人は店の前で立ち止まったまま呆然と見上げた。
 
「男二人で来るには場違いな場所だな…」

「ああ…」

 店を彩る宝石が照明を浴びてきらきらと輝く。それに導かれるように、フロアを歩く女性たちの眼はその店に留まり、店内へと入っていく。店にいる大半は女性で、皆それぞれうっとりとした顔で光を見ている。
 瑠璃も確かいくつかそういった飾り物を持っているが、男の感性を持つユートからしてみれば、そんな作り物の光に女性が惹かれるというのが不思議で仕方がなかった。店内の光を浴びた宝石だって、より美しく見えるように角度などを計算されているに決まっている。だがその光の粒が型どったものが、何か女性の本能を擽るのだろう。
 故に男は好きな女の光に惹かれる笑顔が宝石以上に眩しいから、大人しく財布を開くのだ。その男の感性は、ユートには解る。
 自分はこういうものを欲しいとは思わないが、瑠璃にはきっと映えるだろう。
 そんなことを考えていると、ついに意を決したのか隼が店へ歩み出した。ユートも彼に歩を合わせる。

「眩しいな…」

 壁には色々な形や色をした耳飾りが並び、棚には髪飾りやネックレス、ブレスレットなどが並べられている。どれもキラキラと光を浴びて光り、こぞって見物する客を振り向かせようとしているように見える。
 ユートは何気なく一つネックレスを手に取り、値札をひっくり返した。

「……そういえば隼、予算はいくらだ?」

「え?」

「値札を見てみろ」

 店内をキョロキョロと見回していた隼の脇腹を小突き、持っていた値札を見せる。途端に彼は、鋭い眼をぎょっと大きく見張って値札の文字を呟いた。

「い、10000円……こんな小さなものが」

「ああ……」

 10000円。
 思わずゼロの数を疑った。
 男子中学生と、中学を卒業したとはいえまだ節制しながら養成学校に通う学生にとってはその値段はアルプスの山々のように険しい数字だった。
 隼はといえば、これだけあればパックがいくらだけ買えてあのカードが…などとブツブツ呟いている。無論、ユートも同じ気持ちだった。最早同じ金額だけのカードパックを買ってプレゼントした方が有意義なのではないかと思えるほどに。
 けれど、それでは駄目だ。

「隼、金額じゃない。大事なものは気持ちだ……今の俺達にできる精一杯のことをしよう…!」

「ユート…!」

「大事なのは瑠璃の喜ぶ顔だ。安易に高いものを買ったところで、瑠璃は逆に気が引けるに違いない。お前が選んだものなら、瑠璃はなんだって喜ぶはずだ」

「ああ…俺達に今できるベストを尽くすのみだな…ネックレスはだめでも、こっちなら出せるかもしれん」

 隼が視線を向けたのは、壁にかかっているピアスやイヤリングだった。

「さっきの雑誌には、耳飾りはより大人っぽく見えるから年頃の女子が好むと書いてあった。幼い頃指輪やネックレスは買ってもらっていたのを覚えているが、瑠璃はこういうものは持っていないはずだ」

「お前、あの短時間で…よく読んでたな」

「フン、プロの動体視力を舐めるな」

「プロ『見習い』だろ、まだ。まあ、いいんじゃないか、こういうのも。しかしピアスは校則違反だから着けられない。買うならイヤリングだな」

「フン…」

 プレゼントの方向性が二人の中で固まり始めた。隼とユートはそれぞれ、瑠璃の姿を思い描きながらどのイヤリングが彼女に似合いそうか見比べる。
 デッキに入れるカードを吟味するように真剣に、じっくりアクセサリーと向き合うことなんてきっと最初で最後だろう。

「形も色々あるもんだな…瑠璃はどれが気に入るか」

「これなんかどうだ、隼」

 ユートが壁掛けから一組を手に取って隼に見せた。

「ほう、羽根か」

「ああ、あいつのデッキは鳥獣族がメインだし、髪飾りも羽根の形をしている。きっと、それにも合っていいと思うんだが」

 鳥の羽根が閉じたような形をした水晶がキラキラと光を浴びて煌めいている。大ぶりなそれは普段清楚を保っている瑠璃の耳につければアクセントになるだろう。色合い的にも、彼女によく映えると思えた。

「そういえばあいつは羽根のものが好きだったな……3500円。これくらいなら手頃だな。」

「どうだ、隼」

「いい買い物だ」

 隼は満足げに鼻で笑うと、ユートの手からイヤリングを受け取ってレジへ向かった。ユートは彼の背中を見ながら、先程の羽根の形を見ていた隼の顔を思い出す。
 優しく微笑む彼はきっと、イヤリングを付けた瑠璃のことを思い浮かべていたのだろう。その眼には慈しみと愛情が籠り、本当に彼が妹を愛し、大切にしているのがわかる。彼は素晴らしい兄だ。きっと瑠璃も喜ぶだろう。
 彼の役に立ててよかった。
 ユートは穏やかな笑みを浮かべた。 


* * *


 翌日、ユートは三人で食べるためにケーキを持って隼の家を訪れた。迎えてくれた瑠璃にケーキを手渡し、祝福の言葉を述べる。彼女はほんのり頬を染めてありがとう、と言った後にユートを家に上げてくれた。
 主役の瑠璃は先にテーブルへつかせて、隼とユートが二人でケーキと紅茶の準備をする。示し合わせた通りに隼がプレゼントを用意し、ささやかな三人だけのバースデーパーティーが始まった。三人の誕生日はいつもこうやって祝ってきた。ユートはいつもよりも二人の笑顔が見られるこの時間が、何物にも変えがたい程好きだった。
 瑠璃へのプレゼントはかなりの好評を得た。
 今までイヤリングなどしたことなかった、その未知への興味と、そしてデザインそれ自体も気に入ったらしい。封を開けると早速、隼につけてもらっていた。
 想像していた通り、それは瑠璃によく似合った。彼女がくるくると回るときらきら煌めいて羽根のように踊る。元々彼女のためにあったもののようにすら思える程、しっくりと彼女の一部として馴染んだ。
 そして耳飾りが大人っぽく見えるアイテムという雑誌の情報はどうも合っていたようで、なんとなくいつもよりも違ってユートには見えた。

「喜んで貰えてよかったな、隼」

「ああ」

 三人のバースデーパーティーが終わった後、瑠璃の友人も祝いに来て彼女は友人達と出掛けていった。残りの片付けをしながら、ユートはちらりと隼を見遣る。彼の顔にはまだ嬉しそうな笑みが残っていた。瑠璃が喜んでくれたのが、相当嬉しかったようだ。

「お前のおかげだ、ユート。恩に着る」

「いいさ」

「これは礼だ。受け取ってくれ」

 そう言って隼は自分の懐に手を入れ、スッと何かを取り出してユートに差し出した。一枚のカードだ。見覚えがあるそれにユートは目を大きく開く。

「!……これは隼のデッキに入ってた……」

「実はあのとき、礼としてお前にも何か買おうと思った。だが男のお前にアクセサリーというのもな…と思って止めたんだ。代わりと言ってはなんだが、このカード…使ってやってくれ」

「ありがとう。お前の魂のデッキに入ってたカードを貰えるなんて……大切にする」

 隼がくれたカードは、彼のデッキでかなりの活躍をしていた魔法カードだった。プロを志望する彼が、自分の魂とも言えるカードをユートにくれるなんて。しかもユートのデッキに入っても存分に力を発揮できるカードだ。きっとユートにとって大きな戦力となるだろう。
 それは、彼がよくユートのデッキを…そしてユート自身のことを解っているからこそくれたものだと思いたい。これは彼がユートだけにできる、贈り物なのだと。
 ユートは大切にカードを仕舞い、再び隼を見上げた。

「どうせお前は来年もプレゼントに悩むだろう。その時はまた一緒に考えてやる」

「フン……」

 時計の針が穏やかに刻み、二人の間に流れていく。このまま時が止まってしまえばいいのに、とはユートは魔法使いではないから思わない。時は過ぎ、人が変わっていくのは自然なことだ。
 だがせめて、これから日常が少しずつ変わっていったとしても、こうして隼や瑠璃の笑顔が見られる日々がずっと続けばいいと思ったのだった。

←戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -