飴と鞭の使い方


 発端は多分、いつものようなXとの言い合いだったと思う。
 だが、その時情緒不安定になっていた俺は、何を言ったか覚えてないがXに八つ当たりをしてしまった…という事実だけ覚えている。

 Xに強引に部屋へ連れていかれ、突き飛ばされてベッドに倒れこんだ。俺が抵抗すると、左の頬を平手打ちされた。
 俺の頭が真っ白になっている間にズボンを脱がされ、ベッドに縛り付けられた。尻とペニスに何か機械のようなものを繋がれて俺は我に返った。

「何しやがる!X!」

「無様な格好だな、お前が使役する人形にそっくりだ」

「てめぇ!今すぐ解け!!ぶっ殺してっ……!?ぅあああぁぁあっ!!」

 突如、機械が鈍い音を立てて作動し始め、俺は悲鳴を上げた。
 ペニスを挟むようにして繋がれたそれは全体を包むように振動し、尻に入れられたローターのようなものは俺の弱い所を擦りながら暴れまわった。
 既に身体を拓かれている俺は苦痛に快感を覆い被せてその奇妙な感覚を受け取ってしまっていた。

「相変わらず品の欠片もない」

「だま…っ…黙れぇっ…!あうぅ…」

 双方から来る刺激に、目の前がチカチカする。俺はぼやける視界できっとXを睨みつけた。
 こんなことする奴に品だの高貴だの説かれたくねぇ。

「しばらく頭を冷やすんだな」

 そう言ってXは俺と繋がれた機械をそのまま置き去りにして部屋を出ていってしまった。
 静寂の中に、俺の荒い息と機械の音だけが大きく響く。

「はっ…はぁっ……ぁうっ…っくっ……」

 頭を冷やすと言っても、機械によって快感に支配された頭で何を考えればいいのか。
 外したくとも、頭上で縛り付けられた腕は動かない。
 足を閉じたくとも、膝を立てて開かされベッドに繋がれた足は閉じることも叶わなかった。

 自由の効かない身体を捩り、気を逸らすようにするしかない。
 俺は頭から快感を逃すように無駄な抵抗を続けた。



 やがて、緩急なく一定に動くそれに、段々俺は物足りなさを感じ始めていた。
 勃起したペニスは解放を求めている。
 イきたい。でも、それに到達するには刺激が足りない。ただ身体と脳を惑わすだけ。
 思考がまとまらない頭に、ふとXの姿がよぎった。

 何故Xはこのような仕打ちをしたのか。何がXの逆鱗に触れた?
 言い合いは俺が悪かったかもしれない。でも、だからといって、ここまでする必要はないんじゃないか。
 少なくとも兄が弟にするような仕置きじゃない。
 俺はそこまで、兄貴を怒らせた?兄貴はそこまで、俺のことが嫌いになった?

「はっ…ふ…うぅっ……兄貴…」

 身体の苦しさで霞んでいた視界が、更に心苦しさで霞んだ。

 俺は兄貴が嫌いなわけじゃない。
 いつも澄ましてて俺の知らない所でトロンと色々動いてることや何かと説教臭い物言いはムカつくけど。

 でも本当は、優しい兄なんだってことを知っている。
 家族をいつも心配して、守ってくれて、頼りになる兄貴だと、俺もVも思っている。

 初めて男の身体を知った時――俺がすがるように兄貴を求めて抱いてもらった時も、嫌な顔一つせず俺に苦痛ではなく天にも昇るような快感をくれた。

 どうしようもない俺のわがままも要求も、いつだって優しく受け止めて応えてくれた…

 だからこそ、そんな兄貴がこんな仕打ちをしてきたということに悲しさを感じた。
 もう家族だと思われていないんじゃないかと焦った。
 人に…兄貴に嫌われることが怖くて仕方がなかった。

「あぁっ…!あうぅ…っく…あ…兄貴…兄貴ぃ…」

 気づけば俺はごめんなさい、ごめんなさいと譫言のように繰り返し呟いていた。
 ちゃんと言えているかわからなかったが。



 俺の懺悔が届いたのか、部屋の扉が再び開き、Xが姿を現した。
 視界がぼやけすぎて姿を捉えることはできなかったけど、綺麗な銀色でそれが兄貴だとわかった。

「あっ…兄貴ぃ…ごめ、ごめんなひゃいぃっ…」

「何に対して謝っている?」

 ベッドが軋む音と頬を撫でられる感覚。
 優しい兄貴の声音に、俺は必死になって謝罪をした。それ以外に何も考えられなかった。
 兄貴に嫌われることへの恐怖と絶え間なく襲いかかる快感で頭がおかしくなりそうだった。

「おれ…おれっ…!兄貴のことっ…怒らせた…からっ……!」

「私が何故怒ったかわかるか、W」

 機械の動きがピタリと止まった。
 Xはゆっくりと俺が流した先走りでびしょびしょになった機械を取り外す。

「私に対する物言いを咎めているのではない。よく思い返してみろ、私と口論になる前のことを…。私はお前がVを傷つけたことを咎めているのだ。お前は見ていなかったのか、Vの顔を」

「はぁっ…は……V…?」

 思考の働かない頭では思い出そうにもそれは叶わなかった。
 でも確かに、Vが寄ってくるのに対して怒鳴り、突飛ばした覚えはある。
 …それが原因で、兄貴と口論になったのか。

「兄とは、弟を守る立場にある。兄であるお前が、傷つけてどうする。私達兄弟は自分達で守らなければ、誰も助けてはくれないのだぞ。…身に沁みたか?兄に傷つけられる怖さが」

「ぅん…俺っ…いい子にするからっ…Vにもっ…ちゃんと謝るからぁっ…!」

「よろしい」

 Xは俺の手足の拘束を外した。
 解放された手を伸ばすと、その手を取り抱き起こしてくれた。

「なぁ…X、俺のこと、嫌いになった…?」

 聞くとXは、やれやれと言った様子でため息を吐き、「まさか」と言って俺の頭を撫でた。

 ああ、嫌われてなかった!

 俺は安心して、嬉しくなってXの首に腕を回した。

「身体が震えているな、W。少し、やりすぎたか」

 Xが背中を撫でると、ぞくぞくとした感覚が背中をかけ上った。
 機械を外され、拘束を解かれても尚勃ち上がったままのそれは、兄貴に触れられることを望んでいた。

「なぁ…兄貴っ…苦しい…イきたいよぉ……」

 そう訴えると、Xは背中に回した腕の片方を 俺のペニスへと伸ばし、それを撫で、上下に擦り始めた。
 全体を擦りながら、時々先端を指で擽る。

 予測できないその動きは無機質な機械よりもよっぽど気持ちよかった。
 俺のペニスを扱きながら、Xは俺の流れっ放しの涙を舐めとったりこめかみや頬にキスしたりした。
 それが更に快感を増幅させて俺を包み込む。

「あっ…あぁっ…!いぃ…気持ちいいっ…!あ、出る!出るっ…!あぁあっ!」

 俺は兄貴の手で絶頂に導かれ、その手に欲望を吐き出した。
 Xは動きを緩め、全て搾り取るようにゆっくりと扱く。

 達しても身体の疼きは止まらなかった。
 腰が、さっきまで異物を飲み込んでいた穴が、ひくひくと震えている。
 俺は兄貴に対して更なる欲望を訴えた。

「足りないっ…足りないんだ兄貴っ…!兄貴のでかいの…俺の尻に入れてくれよぉ…!」

 恥ずかしい、みっともない…だが俺は求められずにはいられなかった。
 今の兄貴なら応えてくれるということがわかっていたから。

「はしたない身体だな」

 はしたないのは重々承知だ。
 しかし俺を人の手でイかされて、尻を犯されて喜ぶような身体にしたのはどこの誰だ。

 Xは俺をベッドに再び寝かせるとズボンの前を寛げ、俺が望むものを取り出した。
 ほら、やっぱり。相変わらずな物言いをしながらも、俺の要求にちゃんと応えてくれる。

 俺は自分で足を広げて、兄貴が来るのを待つ。
 Xは取り出したそれを、俺の尻に撫で付け、数回擦った。先端が穴に触れる度に穴が期待で動いた。

「も…焦らすなっ……慣らさなくていいからぁ…早く」

「少し待て。私の準備ができなければ苦しいのはお前だぞ」

 やがて準備ができたらしいXは本格的に俺の穴へ先端を入れ始めた。
 徐々にペニスを俺の中へと埋め込んでいく。

 尻の穴が拡がる感覚。痛い。でも痛みを嬉しさが凌駕していた。
 ずるずると腸壁を異物が這う感覚、本当は気持ち悪いはずなのに。

「あぁっ…ぁん…」

「ほら、入ったぞ…W、満足か?」

「うぅっ…!意地悪言うなよぉ…動いてくれよ…、いっぱい突いて…俺ん中、兄貴でいっぱいにしてくれよぉ…!」

「やれやれ…はしたないのは身体だけではないようだな」

 Xは2、3回大きく突くと動き始めた。
 規則的に動いたり、奥の方をぐりぐりと突いたり、浅く出し入れしたり、様々に動いて俺を翻弄した。
 いいところが擦れる度に俺は力が抜け、悲鳴を上げた。

 俺の頭の中はもうすでに兄貴で一杯だった。

「あっ、あ、あ、あぁっ!あに…兄、貴!激しっ…!そこっ、そこ!いぃよぉっ…!」

「ここがっ、いいのか、W!」

「いぃっ!兄貴のっ…!でかくて気持ちいっ!俺の…好きな、とこっ…いっぱい擦れてるっ…!あぁあっ!兄貴…兄貴はっ…?俺ん中、気持ちいい…?」

「あぁ、いいよ…W。お前が…気持ちいいなら…私も気持ちいいよ」

 Xの顔が俺に近づく。俺が目を閉じるとそのまま唇に柔らかくキスを落としてきた。
 そしてゆっくりと、少し開いた俺の口の中に舌を入れ、口の中全体を舐めた。
 動きの激しさに比べてそのキスはあまりにも優しくて、俺はまた兄貴の優しさに触れたような気がして目尻を濡らした。

「ん…んんっ…ふぅっ…っん…」

「んっ……は、…大丈夫か…痛いか?」

「痛くないっ…痛くないからぁ…!止めないで…!」

 Xが一旦抜こうとするのを俺は全力で締め、足を腰に巻きつけて阻止した。
 Xは俺の締め付けが予想外だったのか、「うっ…」と呻いて顔を歪めた。

「も…ちょっとで、俺イきそうなんだよ…ここまで来て、止めんなよぉ…」

「そうか……悪かった、な…。私もそろそろ…。W、どこに出して欲しい?」

「ん…口に出して…。兄貴のザーメン、飲みたい…」

「趣味が悪いな…。わかった」

 俺は女じゃないから子種を実らせることはできない。
 でも少しでも、兄貴を俺の中に閉じ込めておきたいと思った。
 男の精液を飲みたいだなんて、俺でも気持ち悪いと思う。
 今の俺は相当考えが歪んでいるようだ。

 Xは抜きかけたそれを再び俺の奥に進めた。そして、肉がぶつかり合う音が響くくらい激しく俺の中を穿つ。
 一層激しさを増した動きに俺は余裕の欠片もなくただ言葉にならない声を上げた。

 Xは動きながら、追い討ちをかけるように反り上がった俺のペニスを掴み、動きに合わせて擦った。
 中を擦られるのだけでもヤバいのに、更に襲いかかってきた快感に、完璧に理性が吹っ飛んでしまった。

「あぁ、あっ…!あ、あぁっ!あぁ!だめ、イく!イくぅっ!あぁああっ!」

 目の前と頭が真っ白になって、わけがわからないまま身体が勝手に痙攣し、ペニスから精液を放った。
 イったというのを、事実ではなくただ感覚で受け取った。

「く…っは…W、口を開けろ」

 そんな声が聞こえたと同時に、尻に存在していたものがなくなった。
 俺は力なく口を開き、舌を出す。

 Xは俺の舌にペニスを乗っけるようにして射精した。生暖かい液体が口の中へ、顔へと飛び散る。
 俺はXのペニスを口に含んで精子を最後まで吸い出し、若干噎せながらも飲み下した。

「げほ、げほっ…!ぅえっ…苦っ…」

「無理をするな、全く…美味いものではないだろう」

 呆れたような顔をしながら、Xは俺の顔へ飛び散った精液を拭い取ってくれた。

「美味いわけねーだろ…兄貴のじゃなかったら絶対飲まねぇ。自分のでも無理だな」

 兄貴に対する健気さをアピールしたつもりだが、当の本人は気づいたのか気づいていないのか困ったような微笑みを浮かべてベッドに横たわる俺の頭を撫でるだけだった。
 その優しい手つきに昔をふと思い出し、散々泣き喚いた疲れから来た眠気の波が意識を拐おうとしていた。

 意識が完全に落ちる前に唇に感じた感触が何だったのか、俺にはわからなかった。




「君は実に、飴と鞭の使い分けが上手だね」

 暗がりの廊下に声が響き、Xは声のした方へと振り向いた。
 トロンはとても不思議なものを見たというようにXに話を続ける。

「昔からそうだ。弟達を躾るのが上手かったね。一体どうしたら、昨日まであんな癇癪を起こしていた子が不気味な程素直になるんだろうね。Vがびっくりしていたよ」

「彼には少し、焼きを入れただけです。頭でわからなければ、身体に教えるしかない。最も…永続的な効果は望めませんがね。」

「人間は絶えず変化をするものだから仕方がないよ」

「効き目がなくなれば、また新しく確実な手段を講じるだけです」

「全く…飽きずにそこまで弟達のためにできる君の忍耐力も見上げたものだよ」

「それが兄の役目ですから」

「それが…君の愛ってやつなのかい、X。涼しい顔をして、やはり君も同じだね」

 トロンは一人、可笑しげに笑いながら闇へと消えて行く。
 Xは彼の言葉に応えることができないまま、その背中を見送った。

←戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -